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あなたのとりこ 10 [あなたのとりこ 1 創作]

 そろそろ寝ようかと部屋の片隅の、畳の上に直に置いている、東京に出て来て以来使っている小さな白黒テレビを消した時、これも畳に直に置いている電話がけたたましく鳴るのでありました。こんな時間に電話をしてくるのは羽葉夕美以外にはなかろうと当りを付けて受話器を取れば、果たしてその大学に通っていた時以来の女友達で、頑治さんはこの御明算に、例の卜占の了見から思わず知らずほくそ笑んでいるのでありました。
「どうなった、就職の按配は?」
 受話器の向こうから夕美さんの声が頑治さんの耳の鼓膜を震わせるのでありました。
「うん、決まった」
「へえ、おめでとう」
 夕美さんの弾んだ声は耳内の産毛を一層大きく振動させるのでありました。
「有難う」
 頑治さんは声の抑揚を抑えて努めクールにそう云いながら受話器の向こうの夕美さんに向かって小さくお辞儀をするのでありました。
「何時から働き出すの?」
「来週の月曜日」
「どんな仕事?」
「倉庫で商品の管理とか配送とか集荷とか、雑用とか」
 頑治さんは昼間に聞かされた仕事内容をその儘伝えるのでありました。
「ふうん。で、何て名前の会社?」
「贈答社」
「そう云う名前からするとギフト関係の会社?」
「多分そうじゃないかな」
「あれ、自分が勤める会社の業種も知らないの?」
 電話の向こうの夕美さんが頑治さんの応えに少し呆れるのでありました。
「業種ははっきりしないけど、やる仕事の内容はちゃんと聞いてきたよ」
「ふうん。・・・まあ良いか」
 由美さんの一先ず不得要領に頷く気配が受話器の向こうから伝わるのでありました。「明日ちょっとアパートに行っても良い?」
「うん、構わない」
「詳しい事は明日聞くわ。取り敢えず就職が決まったお祝いをしなくちゃ」
「ああ成程ね」
「あのさあ、折角就職が決まったと云うのに何だかあんまり嬉しくなさそうな口振り」
 夕美さんが少し興醒めの口調になるのでありました。
「いや、そうでもないよ。これで明日をも知れないアルバイト生活から抜け出せるし」
 不安定なアルバイト生活からは抜け出せるけれども、やる仕事の内容は今まで就いてみた様々なアルバイトと然程変わらないかと、云いながら頑治さんは思うのでありました。確かに欣喜雀躍と云う事態ではないと云えばその通りでありますか。
(続)
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