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あなたのとりこ 6 [あなたのとりこ 1 創作]

 頑治さんは取り敢えずそれとなく不快を伝えるために、偉丈夫をさて置いて童顔の方と正面から向かい合う位置に腰をずらすのでありました。こなったら童顔の方とのみこの後の会話を進めるしかないでありましょう。
 この後履歴書の提出を催促されて、頑治さんは童顔の土師尾営業部長の前にそれを置くのでありました。土師尾部長は手に取って暫く眺めてから訊くのでありました。
「趣味は寄席通いとありますが、寄席にはよく行くのですか?」
「はいまあ、偶に、よりは少し繁く、と云った程度です」
 頑治さんとしては趣味の欄に読書とか映画鑑賞とか旅行とかのありきたりな事を記すよりは、寄席通い、の方が多少色気はあるかと呑気に思考してそう書いた迄であり、実はほんの偶に行く程度で、まあ、年に三回以上足を運ぶ事はないのでありましたか。
「笑う事が好きなのですか?」
 土師尾部長が質問を重ねるのでありました。笑う事が好きか、と問われても、はい好きですと素直に頷くのも何となく間抜けた応えのようだし、どだい笑うと云う営為は己の好き嫌いに依ってコントロールされるものではなく、どちらかと云うと生理に近い現象でもあろうから、頑治さんはその質問自体に面食らうのでありました。そんな訊ね方そのものが全く頓珍漢であろうと秘かに興醒めるのでありましたが、しかし曲りなりにも就職面接の場でそう返すのも憚られるので、一応無難な辺りを口にするのでありました。
「まあ、そのように云うとすれば、そんな風にも云えるかも知れませんね」
「と云う事は、貴方は朗らかな性格ですね」
 これにも頑治さんは、ある種たじろぐのでありました。寄席通いが趣味だから笑うのが好き(!)で、そうなら性格が朗らかに違いない、と云う論の路程は、何やらあまりにも大雑把で無粋で、三角形には角が三つあります、と滔々と正面から論じられているような按配で、何となく尻の辺りがムズムズとしてくるのでありました。
 その質問に乗って、はいそうですと応えるのは己が羞恥心にかけていただけないと思うから、頑治さんはこれも曖昧に笑って、頷くとも頷かないとも取れる程に首を微妙に動かして見せるのでありました。不機嫌そうに無言を決めこむ手合いも然り乍ら、こんな一種頓馬な質問を重ねる輩も、実は頑治さんとしては大いに苦手なのでありました。

 ここで頑治さんの前に茶が出されるのでありました。待ってきたのは三十半ばと見える女性で、何処から現れたかと云うと、土師尾部長の座っていた重役机長辺にくっついて二つの事務机が向いあっていた、頑治さんの方からは死角になる方からでありました。二つの向いあった事務机の間には、丁度頭が隠れるくらいの伝票やら帳簿やら印鑑やらを並べる机上棚が立っていて、それ故その女性の姿は隠れて見えなかったのでありました。
 女性は無言でそんざいと丁寧の中間程の、つまり全く事務的な手付きで茶を置くと出入口扉脇のカーテンで仕切られた中へ消えるのでありました。そこには恐らく給湯室か、ちょっとしたキッチンみたいなものがあるのでありましょう。
「さて、来週の月曜日から来て貰う事は出来ますか?」
(続)
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