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あなたのとりこ 5 [あなたのとりこ 1 創作]

 入ってすぐに受付台を兼ねたスチールの棚が置いてあって、その先には四つの事務机が寄せ集められていて、そこには誰も座ってはいないのでありました。その左横のスペースには如何にも安っぽい応接セットが窮屈そうに収まっていて、四たり一団の机を挟んだ右横スペースには長い重役机と二つの事務机が固められているのでありました。
 重役机に座っていた歳の頃三十半ばと云った、痩せた体を地味なスーツに包んだ坊や顔の男が立って近寄ってくるのでありました。如何にも苦労を知らないお坊ちゃんと云った顔であるものの、重役机に座っていたのでありますから、この男はこの会社の責任ある地位にあるのでありましょう。男は頑治さんに応接ソファーの方に座るように促すのでありました。頑治さんは云われる儘に長椅子の端に腰掛けるのでありました。
「ちょっと待ってね」
 男はそう云って部屋の奥の方に向かうのでありました。奥は通路を空けてパーティション代わりの大きなスチール製のケースに仕切られていて、そこにはまた違う部署があるのでありましょう。棚の上にもやや乱雑に丸めた紙の束やら幾つかの未使用の伝票類らしきクラフト紙の包みやらが積んであって、奥の様子は全く窺えないのでありました。
 因に部屋は都合二十畳程のスペースで、ケースに仕切られた奥が通路から仄見える様子からざっと八畳程、こちら側が十二畳程の広さと推察されるのでありましたか。職安の田隙野氏に聞いたところに依れば従業員十二人の会社でありますから、まあ、このくらいの広さで充分なのであろうかと頑治さんは憶測するのでありました。
 頑治さんが肘掛の付着が緩くなっているソファーに座って待っていると、先の男がすぐに奥からもう一人の男を引き連れて戻って来るのでありました。この男は薄い橙色のワイシャツに地味な褐色のネクタイを締めて、それをこれまた発色の悪い橙色のカーデガンで覆い隠していて、使い古したような焦げ茶色のズボンを穿いているのでありました。重役机の男と違ってなかなかの偉丈夫ではあるものの、艶のない髪の毛が耳を隠す程に長く額にも幾筋か垂れていて、服装のイカさないのも然る事ながら何処か陰鬱そうな面持ちで、折角の偉丈夫を偉丈夫に見せない湿気が体貌に漂っているのであるのでありました。
 男二人は夫々一人掛けのソファーに座って頑治さんと向かい合うのでありました。
「営業部長の土師尾史郎です」
 童顔が先ず自己紹介するのでありました。その後に偉丈夫の方を横目でちらと窺うのでありましたが、偉丈夫は何も云わず背凭れに深く身を引いて頑治さんの顔を凝視しているだけなのでありました。その目は頑治さんを値踏みしているようでもあり、呼ばれてここにこうして座っている事自体が億劫とのふてた意を表明しているようでもありました。
 偉丈夫が何も言葉を発しないのを見て、やや大袈裟にやれやれと云った表情を見せた童顔が代わりに続けるのでありました。
「こっちは制作部の片久那狷造部長です」
 そう紹介されても偉丈夫は愛想の頷きもしないのでありました。こうもつれなくされるとお互いの立場は別にして、初対面の相手に対して幾ら何でも横着と云うものではないかと頑治さんは秘かに憤るのでありました。
(続)
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