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あなたのとりこ 4 [あなたのとりこ 1 創作]

「はい。大体に於いてこちらの希望に沿っていると思われますので」
「判りました。では電話して面接日を打ち合わせてください。その旨こちらの方からもこの会社に電話を入れておきますよ」
「どうぞよろしくお願いします」
 頑治さんは会社概要や連絡先を記してある紙片を貰ってから、立ち上がって田隙野氏に深々と頭を下げるのでありました。「田隙野さん、色々有難うございます」
「いやいやどういたしまして。首尾の上々なる事を祈っております」
 田隙野氏はニコやかに笑ってバイバイと手を振るのでありました。

 頑治さんは一時間ばかり職安近くの喫茶店で時間を潰してから飯田橋駅に戻って、乗車券の自動販売機近くに並んでいる公衆電話の受話器を取り上げるのでありました。
「飯田橋の職安から仕事を紹介して貰った者ですが」
 頑治さんが受話器に向かって喋ると、電話に出た向こうの女の人に少し待てと云われ、十秒ほど電子音によるパッヘルベルのカノンを聞かされてから、採用担当者と思しき男が代わるのでありました。男は妙に丁重な言葉遣いで、若し可能ならば今日の午後四時に面接に来てくれぬかと云うのでありました。頑治さんとしては否と云う事も出来ず、それを億劫と思う気も特段無かったものだから、了解の旨あっさり返答するのでありました
 向こうから指定された午後四時には未だ二時間ほどあるのでありました。訪うべき会社は千代田区の猿楽町一丁目にあるのでありましたから、頑治さんは取り敢えず地下鉄神保町駅辺りまでゆるゆると歩いて行って、すずらん通りにある東京堂書店とか冨山房書店や駿河台下の三省堂本店、それに靖国通り沿いの古本屋等をブラブラ冷やかして時間を潰すのでありました。この間、幸いにして靴下の脱出現象はもうないのでありました。
 猿楽町の錦華公園に程近い辺りの、一階が駐車場になっている五階建てビルの三階にその会社はあるのでありました。駐車場横のやや狭い階段を上るとすぐ目の前に訪問先たる「株式会社 贈答社」と云う、白地にゴシック体墨文字のプレートが張ってある、クリーム色の少し汚れた鉄の扉があるのでありました。頑治さんはその扉を遠慮気味に叩くのでありましたが、中からすぐには何の応答も返ってこないのでありました。
 頑治さんが扉を引き開くと、ちょうど同じタイミングで中からも押し開こうとしたようで、内側のドアノブに誰やらの腕が付随してくるのでありました。その腕の持ち主は頑治さんと同じか少し若い年頃の男で、黄色地に茶の縦縞模様のワイシャツと赤と薄草色の斜め右下がりストライプのネクタイを締めていて、その上に肘の辺りに毛玉をかなりの量溜め込んだ、長年日に焼けたような黒いカーデガンを羽織っているのでありました。
「入社面接に来た者ですが」
 頑字さんは男にお辞儀しながら来意を告げるのでありました。
「ああ、はい。どうぞ」
 男はそう云って頑治さんが部屋の中に入り易いように、ドアを片手で開き留めた儘身をドア前で横に開いて通り道を空けるのでありました。
(続)
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