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お前の番だ! 581 [お前の番だ! 20 創作]

 玄関先で未だ明け遣らぬ空を見上げる万太郎にあゆみが声をかけるのでありました。
「今日が愈々最終日ね」
「うん。やっと今日で終わりだ」
 万太郎は玄関内で見送るあゆみの方に目を向けて笑むのでありました。
「お疲れ様でした」
 あゆみは何となく畏まった風情でお辞儀をするのでありました。この日で竟に三か月に及ぶ是路総士と万太郎だけの、宗家のみに受け継がれる常勝流秘伝技の伝授稽古が終わるのでありましたが、これは通常の稽古が始まる前の早朝に行われるのでありました。
 この稽古を完了すると、万太郎に次期宗家の資格が付与されるのでありました。一子相伝を旨とする、如何にも古武道的な風習と云うべきでありましょうか。
 さてところで、万太郎とあゆみが結婚式を挙げて二泊三日の信州木曽路への新婚旅行
から帰って来ると、早速にこの課業が万太郎を待っているのでありました。依って万太郎としては、暫しの甘やかな新婚気分に浸っている暇等ないのでありました。
 万太郎とあゆみは総本部道場近くの六畳と四畳半二間とダイニングキッチンのついたアパートに一先ず居を構えるのでありました。万太郎としては内弟子部屋を引き払って母屋のあゆみの部屋に転がりこめば済むかと簡単に思っていたのでありましたが、それでは手狭な上に何となく是路総士や来間や、万太郎の代わりに内弟子となって入居してきた巨漢の真入増太等、居を一にすべき連中との間に無用な気遣いや遠慮が生まれるだろうとの是路総士の配慮から、新婚二名は近くのアパートを借りて新居としたのでありました。
 尤も朝から二人揃って総本部道場に行って、朝食から夕食までの間の殆どを件の三人と一緒に過ごすのでありましたから、まあ、寝所のみが別棟と云ったところでありますか。あゆみが使っていた部屋は、総本部に居る間の万太郎とあゆみ夫婦の控え部屋とされたのは、是路総士の敢えて粋と云う程でもない心配りと云うものでありましたか。
 しかし夜間にあゆみが居ないのでありますから、云ってみれば総本部はすっかりの無粋なる男所帯となるのでありました。それで、細々した女手がないと是路総士が何かと可哀想だと云うので、前よりも頻繁に近くに住む書道の大岸先生がやって来て、何くれとなく是路総士の世話や、内向きの仕事の差配をしてくれるようになるのでありました。
 真入増太が一人増えてあゆみが総本部を出た分、確かにあゆみの仕事の負担は増える筈でありましたが、大岸先生の助けを得てあゆみは大助かりと云う寸法でありました。大岸先生も自分の主催する書道教室で教える時間以外は、総本部で皆と朝昼夕の食事も一緒に摂ると云った按配で、寧ろ自宅で自分だけの餐の支度をする手間が省けて、且つ一人で膳を前にする侘しさも解消だと、寧ろこの奉仕を楽しんでいる風情でありましたか。
 依って万太郎とあゆみが二人だけで時間を過ごすのは、道場の休館日である月曜のみでありました。勿論月曜日と云えども何かと道場向きの用がある場合もありはしましたが、しかし是路総士の配慮に依って、なるべく二人には月曜日の仕事は割りふらないようにされるのでありましたし、是路総士の世話に関しても、どうせ一人自宅で過ごしていても仕方ないからと、大岸先生が敢えてと云う風もなく出張って来てくれるのでありました。
(続)
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