お前の番だ! 580 [お前の番だ! 20 創作]
「僕の言葉を疑わないでください」
万太郎は胸元に艶やかに蟠っているあゆみの髪の奥の耳朶に囁くのでありました。あゆみは頬を万太郎の胸に埋めた儘小さく頷くのでありました。
「判ってる。万ちゃんは言葉を弄ばない人だと云う事は」
「総本部に入門して以来、僕はあゆみさんにお世話になりっ放し今日まで来ました」
万太郎が静かに云うとあゆみは、今度はすぐに万太郎の懐に埋めた儘の顔を微かに横にふるのでありました。「・・・でも、これからは恩返しと云うのではないですが、僕の番です。僕があゆみさんを、一生をかけて幸せにして見せます。あゆみさんと歩くこれから先の道に在る、あれこれの不可避の条件にしても、僕は誠実に果たしていくのみです」
万太郎のその言葉が終わると、あゆみの両腕が万太郎の背に回されるのでありました。あゆみはその腕で万太郎にきつく縋りつくのでありました。
万太郎は陶然となるのでありましたが、思えば今のこの瞬間を迎えるために自分は総本部道場に入門し、このあゆみと云う人間に出会ったのであろうと考えるのでありました。万太郎は別に観念論の信奉者でもないのでありますが、しかし殆ど諦めかけた就職活動の最後に鳥枝建設の入社試験を受けた偶然、結局鳥枝建設に職は得なかったけれど鳥枝範士に偶々履歴書を見られて興味を持たれ、それまで考えだにしなかった常勝流総本部の是路総士の内弟子となった偶然に、何やら運命的なものを感じて仕舞うのでありました。
入門後に種々生成した出来事、興堂範士との出会い、威治前宗家の存在、それからもう大分翳んで仕舞ったけれど新木奈と云う一般門下生の存在、先程まで一緒に居た良平と香乃子ちゃん、勿論万太郎が常勝流総本部道場に入門する手懸りを作ってくれた鳥枝範士、それに寄敷範士や花司馬教士、興堂派に居た堂下や宇津利、弟内弟子の来間、書道の大岸先生、様々な人達との様々な交流にしても、それはそれで各個に煌めきや趣はあるもののしかし結局、あゆみとのこの一瞬のために在った条件とも思えるのでありました。
総てはあゆみと今、二人きつく抱きあう瞬間のために用意された条件以外ではなかったに違いないのであります。感奮の中で万太郎はそんな事を考えるのでありましたが、まあ、この偏した大袈裟な思考も、少しの間許してやっても良いでありましょうか。
あゆみはどのような思いを抱いて、今万太郎の懐に縋りついているのでありましょうや。それはずっと先にでも、何かの折があればちょっと訊いてみたい事ではあります。
しかしあゆみと夫婦の道を長く歩いていれば、その内そんな事は体裁悪くて、冗談にもあっさりとは云えない事柄に属して仕舞うでありましょうし、もうすっかり忘れて仕舞うのかも知れません。まあそうなったらそれはそれで一方では結構な事でもありますか。
万太郎はあゆみの体を自分から少し離すのでありました。それからまた引き寄せてあゆみの唇に自分の唇を重ねるのでありました。それは将来、今のこの感奮を云えられなくなるかも知れないから無言に、今の内に唇の接触を以って伝えておくためでありました。
***
(続)
万太郎は胸元に艶やかに蟠っているあゆみの髪の奥の耳朶に囁くのでありました。あゆみは頬を万太郎の胸に埋めた儘小さく頷くのでありました。
「判ってる。万ちゃんは言葉を弄ばない人だと云う事は」
「総本部に入門して以来、僕はあゆみさんにお世話になりっ放し今日まで来ました」
万太郎が静かに云うとあゆみは、今度はすぐに万太郎の懐に埋めた儘の顔を微かに横にふるのでありました。「・・・でも、これからは恩返しと云うのではないですが、僕の番です。僕があゆみさんを、一生をかけて幸せにして見せます。あゆみさんと歩くこれから先の道に在る、あれこれの不可避の条件にしても、僕は誠実に果たしていくのみです」
万太郎のその言葉が終わると、あゆみの両腕が万太郎の背に回されるのでありました。あゆみはその腕で万太郎にきつく縋りつくのでありました。
万太郎は陶然となるのでありましたが、思えば今のこの瞬間を迎えるために自分は総本部道場に入門し、このあゆみと云う人間に出会ったのであろうと考えるのでありました。万太郎は別に観念論の信奉者でもないのでありますが、しかし殆ど諦めかけた就職活動の最後に鳥枝建設の入社試験を受けた偶然、結局鳥枝建設に職は得なかったけれど鳥枝範士に偶々履歴書を見られて興味を持たれ、それまで考えだにしなかった常勝流総本部の是路総士の内弟子となった偶然に、何やら運命的なものを感じて仕舞うのでありました。
入門後に種々生成した出来事、興堂範士との出会い、威治前宗家の存在、それからもう大分翳んで仕舞ったけれど新木奈と云う一般門下生の存在、先程まで一緒に居た良平と香乃子ちゃん、勿論万太郎が常勝流総本部道場に入門する手懸りを作ってくれた鳥枝範士、それに寄敷範士や花司馬教士、興堂派に居た堂下や宇津利、弟内弟子の来間、書道の大岸先生、様々な人達との様々な交流にしても、それはそれで各個に煌めきや趣はあるもののしかし結局、あゆみとのこの一瞬のために在った条件とも思えるのでありました。
総てはあゆみと今、二人きつく抱きあう瞬間のために用意された条件以外ではなかったに違いないのであります。感奮の中で万太郎はそんな事を考えるのでありましたが、まあ、この偏した大袈裟な思考も、少しの間許してやっても良いでありましょうか。
あゆみはどのような思いを抱いて、今万太郎の懐に縋りついているのでありましょうや。それはずっと先にでも、何かの折があればちょっと訊いてみたい事ではあります。
しかしあゆみと夫婦の道を長く歩いていれば、その内そんな事は体裁悪くて、冗談にもあっさりとは云えない事柄に属して仕舞うでありましょうし、もうすっかり忘れて仕舞うのかも知れません。まあそうなったらそれはそれで一方では結構な事でもありますか。
万太郎はあゆみの体を自分から少し離すのでありました。それからまた引き寄せてあゆみの唇に自分の唇を重ねるのでありました。それは将来、今のこの感奮を云えられなくなるかも知れないから無言に、今の内に唇の接触を以って伝えておくためでありました。
***
(続)
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