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お前の番だ! 576 [お前の番だ! 20 創作]

 良平が万太郎の意中を察したように威治元宗家の名前を出すのでありました。「あの人には今の万さんに有る威徳も人望も、それに武道家としての資質も何もなかったからなあ。有るとすれば、人一倍の見栄と増長と怠慢くらいだったから、それでは人が心服しないのが当たり前だ。あの人と比較するのは自己卑下にも程があると云うものだ」
「あたしもそう思うわ」
 あゆみが頷くのでありました。「威治さんと万ちゃんでは全く格が違うと思うの。二人を並べて較べるような、そんな対象ではないんじゃないかしら」
「そうですかねえ。・・・」
「そうさ。万さんはもっと自信を持つべきだ。自分の評価を高くもなく低くもなくクールに受け止められるのも、武道家としての器量だと思うぜ」
「そうですか、ねえ。・・・」
 万太郎は前言を繰り返して納得したようなしないような顔をするのでありました。
「事の序に云っとくけどさ」
 あゆみが今までとは少し声の調子を変えるのでありました。「若し万が一、万ちゃんが将来宗家をしくじったとしても、そればかりじゃなくて、予期出来ないどんなに逆風に晒されるとしても、あたしは絶対万ちゃんの傍を離れないからね」
 その言葉が終わると俄に良平と香乃子ちゃんの顔が綻び、万太郎の顔が春先の雪崩を起こしかけた山の斜面のようにデレッとやにさがるのでありました。
「あゆみ先生、ご馳走様です」
 香乃子ちゃんがやんわり揶揄しつつ一つお辞儀をして見せるのでありました。
「あら、だって本当なんだもの」
 あゆみは恬として、慎にしれっとそう返すのでありました。
「まあ、こうなった以上、やるだけやってみますよ、僕としては」
 あゆみにそこまで云わせたならば、万太郎としてはあゆみの為にも、些か優柔不断の嫌いはあるにしろ、そう決意表明するしかないと云うところでありますか。
「何だその、愚図々々した云い草は」
 良平が冗談交じりで万太郎を詰るのでありました。「あゆみさんが衒いも決まり悪気も、誰憚る事もなく、極めてあっさりと万さんへの強烈な思慕を表明したんだから、今度は万さんがそれに応えるべくドンと胸を叩いて大いに頼りになるところを見せる番だぜ」
「あら、あたし別にここで、強烈な思慕を表明しようとした心算ではないのよ」
 あゆみがはにかんでやや抗弁口調で云うのでありました。良平はそんなあゆみを、これも冗談交じりで、やれやれと云った顔つきで凝視して見せるのでありました。
「衒いと決まり悪気と誰憚らないのに加えて無自覚と云うのもつけ加えなければならないけど、まあ、取り敢えず万さん、ここは一番お前さんがドンと胸を叩いて見せる番だ」
「判りました。何が何でも僕の方こそ、あゆみさんを逆風から守って見せます」
 今度は決然とした万太郎の云い草に、良平は拍手を送るのでありました。それに和するように、香乃子ちゃんも笑いを堪えながら掌を大いに打つのでありました。
(続)
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