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お前の番だ! 575 [お前の番だ! 20 創作]

 良平がまた一献万太郎の猪口に酒を注ぐのでありました。
「しかし、実際のところ、僕如きが本当に、将来総士先生の後を継いで常勝流を束ねる役目について良いのでしょうかねえ?」
 万太郎が返杯しながら、ふとそんな事を漏らすのでありました。
「他に誰が居る?」
 そう良平に問われて、万太郎は横のあゆみを窺うような気配を見せるのでありました。しかしそれにはあゆみは気づかないようでありました。
「他にも適役が居ると思うのですがねえ」
 あゆみの名前を出すのは何となく憚られて万太郎は曖昧にそう云うのでありました。
「鳥枝先生や寄敷先生は総士先生と余り歳が違わないから、次代の宗家と云うにはどうも今一つ落ち着きが良くない。花司馬先生は興堂派から総本部に途中から移ってきた人で、総士先生に伊呂波から教えを受けたと云うわけじゃない」
 良平はそう云ってから万太郎の横に座っているあゆみの方に視線を投げるのでありました。その目にはあゆみと暗黙に、何やらを示しあわせるような気色があるように万太郎は感じるのでありましたが、しかし殊更ここで二人が示しあわせをするべき事由はなくて、つまり良平も万太郎の宗家継承を是中の是と考えている故と見るべきでありましょう。
「あたしなんかより万ちゃんが宗家を継承する方が、常勝流の門下の人達も全国の支部長さん達も、それに広く云えば武道界からも屹度妥当な線だと受け取られる筈よ」
 あゆみが卓に置いてある儘の万太郎の猪口に酒を注ぎ入れるのでありました。
「僕はあゆみさんと結婚出来るだけで充分で、実は他に何も望んでいないのですが」
「あゆみさんと結婚すると云う事は、将来宗家となって常勝流の道統を守って行くと云う条件が、どうしても付随してくる事になるだろうよ」
 良平が諭すような云い草をするのでありました。
「それは重々承知なのですが、宗家継承と云うのは、何だか僕の気持ちの中で上手く落ち着かないのです。それは如何にも大役過ぎて、僕にはどうにもそぐわないようで」
「万ちゃんの気持ちの中で落ち着かなくても、他の大多数の人の気持ちの中では落ち着くんだから、高い位置から眺めると、それは最も適切な決定と云う事になるのよ」
 あゆみがそう云いつつ自分の猪口に自分で日本酒を注ぐのでありました。あゆみへの酌のタイミングを逸した事に万太郎は少し狼狽えるのでありましたが、こう云うちっとも堂々としていない辺りが、自分は如何にも宗家の器じゃないと思えるのであります。
「今は、万ちゃんは未だあたしの弟弟子と云う了見でいるから落ち着かないだけで、その内次期宗家としての扱いを受けるようになって、時間が経てば気持ちも落ち着くわよ」
 万太郎の酌の失敗の狼狽を、あゆみが暗に庇うよう云うのでありました。
「僕が宗家になったら、何時かとんでもない失態を演じて仕舞うかも知れませんよ」
 万太郎は云いながらふと威治元宗家の事を思うのでありました。そもそもそぐわない者がそぐわない地位に就任すると、碌な事が起きないと云うものではありませんか。
「興堂流の威治宗家じゃあるまいし、万さんはそんなことは仕出かさないよ」
(続)
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