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お前の番だ! 557 [お前の番だ! 19 創作]

「困ったわね」
 あゆみは口をへの字にするのでありました。こう云うあゆみの顔もなかなか棄て難く可憐であると、万太郎は会話の内容とは全く無関係な感想など抱くのでありました。
「鋭意努力はしてみますが、どうぞ長い目でお見守りください」
 万太郎が一種の茶目っ気でそう敢えて鯱張った物云いをしているのか、それとも全くの生一本の生真面目からのそんな風にものしているのか、あゆみにはその辺がよく判らないのでありました。まあ、日頃の万太郎の在り様からすれば後者でありましょうが。
「出来るだけ早めにお願いね」
「押忍。承りました」
「ところで、一つ訊きたかったんだけど、・・・」
 あゆみが話題を変えるのでありました。「あたしが万ちゃんの事好きだって事、昨日の八王子の一件があるまで、本当に全然気づかなかったの?」
「気づきませんでしたよ。あゆみさんは僕なんか眼中にないとばかり思っていましたから。しかし実は、僕の方はずうっと秘かにあゆみさんに憧れていましたけど」
 それを聞いてあゆみは満足そうなに、或いは照れたように笑むのでありました。
「先輩とか姉弟子として? それとも、女性として?」
「僕なんか足下にも及ばない強い姉弟子として、とばかり思っていましたが、良く考えれば随分前から、そうじゃないところもあったように思います」
「あたしが万ちゃんの事を好きになったのは、と云うか、意識し出したのは、万ちゃんが入門して一年くらい経った頃からかしらね」
 あゆみはやや恥じらいながらそんな告白をするのでありました。この恥じらいの顔がまた実に可憐であると万太郎が思うのは例の通りであります
「入門して一年くらいした辺りで」
 あゆみが続けるのでありました。「万ちゃんは見違えるくらい技術が飛躍したものね」
 そう云われても万太郎には思い当る節がないのでありました。
「そうですかねえ? その頃は未だ僕は、稽古ではあゆみさんに翻弄されっ放しで、何時もあたふたとしていたように記憶していますがねえ」
「ううん、そんな事ないわ。どうしてかは知らないけど、或る日いきなり万ちゃんが妙に強くなったような気がして、あたしたじろいだのを覚えているもの」
「ようやく常勝流の動きに慣れてきたかなと云う自覚はありましたが、それだけで、いきなり強くなった、なんて自分では考えてもいなかったですよ」
「自分ではそんなものかも知れないけど、傍目にははっきりそう見えたわよ。現にそれはお父さんにもそう見えたようだったしね」
 このあゆみの言葉に万太郎の心が躍るのでありました。
「そうですかねえ?」
 万太郎はしかしあくまでも懐疑的な物腰を崩さないのでありました。
「近頃、万ちゃんどうしたのかしらって、あたしお父さんに聞いた事があるのよ」
(続)
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