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お前の番だ! 553 [お前の番だ! 19 創作]

「これからあたしが万ちゃんを屹度説得するから、お父さんもそう云う方向で考えてみてくれると、あたしとしてはこれ以上の願いはないんだけど」
 あゆみは、万太郎が宗家を継ぐと云うアイデアについて考えを廻らしているような是路総士に、懇願の目を一直線に向けるのでありました。是路総士はあゆみのその表情を横目でチラと見てから、すぐにまた念慮の方に視線を内向させるのでありました。
「昨夜一晩考えて、どうせ周りがいくら反対してもお前達はどうしても一緒になる決心だろうから、婿養子と云う条件を折野が呑めるのなら、ここは二人の結婚は許すと云う腹心算になったのだが、宗家をあゆみではなく折野が継ぐとなると別にあれこれ考えてみなければならん事もある。その件に関してはもう一晩、私の返事は保留として貰おうか」
 暫時思慮の沈黙の後に是路総士はようやく静かな口調で云うのでありました。「嗚呼やれやれ、こうなると明日も寝不足と云う事になるな」
 是路総士はそんな冗談とも本気の嘆息ともつかぬ言もつけ加えるのでありました。
「申しわけありません。よろしくお願いします」
 あゆみが首を深く垂れるのでありました。ここであゆみと一緒に低頭すべきかどうか、万太郎は一瞬迷うのでありました。
 まあ、場面の流れからお辞儀しないわけにはいかないのであります。しかしそれは自分が宗家を継ぐと云う方向でよろしくと云う意味で頭を下げるのではなく、単に是路総士に心労をかける事への申しわけなさから、偶々あゆみと一緒にお辞儀しているのだと、その辺の機微を上手く体現したお辞儀をしなければならないのであります。
 そんな七面倒臭い器用なお辞儀なんぞ、万太郎には上手く熟せないに決まっているのでありますから、勢い如何にもぎごちない不格好な、煮え切らないお辞儀となるのでありました。まあとまれ、是路総士のもう一夜の熟慮の時間を待つために、万太郎とあゆみは最後に敷居際で再度一緒にお辞儀してから是路総士の前を辞するのでありました。

 居間に帰る廊下で万太郎とあゆみはどちらからともなく手を繋いでいるのでありました。今まで師範控えの間で是路総士と話していた内容に比すれば、何とも緊張感や切迫感の乏しい呑気な挙動ではありますが、まあ、昨日より晴れて相愛の二人となったのでありましたから、これは致し方ないと云えば慎に致し方ない事ではありましょうか。
「お父さんにお昼を出したら、ちょっと外に出ない?」
 あゆみが万太郎に提案するのでありました。全く以って異存はなかったから、万太郎はすぐ横の間近にあるあゆみの可憐な瞳に向かって頷いて見せるのでありました。
 あゆみと万太郎は居間に帰ると、テーブルの椅子をくっつけて何時になく体を密着させて並んで座るのでありました。勿論手は繋いだ儘でありました。
「ええと、コーヒーでも淹れましょうか?」
 何となく間が持てないので、万太郎はやや緊張した口調で訊くのでありました。
「ううん。要らない」
 あゆみは万太郎の左手を自分の両掌で包んで弄びながら返すのでありました。
(続)
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