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お前の番だ! 550 [お前の番だ! 19 創作]

 特に急いで取り繕う必要もないのでありましたが、万太郎は文庫本を閉じると同時にガバと上体を起こして、身繕いして正坐してから襖の方に体を向けるのでありました。
「ああ、居ます。どうぞ」
 すぐに襖が開いてあゆみが顔を覗かせるのでありました。
「特に用がないのならお父さんが二人揃って師範控えの間に来いって呼んでいるけど」
「押忍。判りました。では」
 万太郎はそう云って立ち上がるのでありました。洞甲斐氏の道場での一件は昨夜報告済みでありましたから、これは間違いなくあゆみとの件での呼び出しでありましょう。
 立ち上がってみると万太郎は何となく気が重くなるのでありました。特段後ろめたい事をしたわけではないのでありますから、別に気を重くする事もないのでありましょうが、しかし矢張りこれから是路総士と面と向かうのは億劫な気がするのでありました。
「押忍、入ります」
 師範控えの間の障子戸越しに中に声をかけてから、万太郎とあゆみはお辞儀の後、膝行で座敷に入るのでありました。是路総士は床の間を背に両手を広げて座卓について二人を迎えるのでありましたが、はっきりと不機嫌そうな顔はしていないのでありました。
「お前達二人は相思相愛、と云う理解で良いのだな?」
 訊ねる声音も意外に平静なものでありました。万太郎とあゆみは座卓を挟んで是路総士の向いに並んで座っているのでありましたが、二人は顔を見交わせるのでありました。
 そう確と聞かれると面映ゆさが前に出てきて即答出来ないのでありますが、しかしこれはもう昨日八王子からの帰り道行き中に、互いに明快に確かめあった事でありますから、何をここで云い淀む事があろうかと万太郎は即答しない自分を叱るのでありました。
「そうです」
 万太郎が言葉を発する一瞬前にあゆみがきっぱりと云うのでありました。そのために発語の機を逸した万太郎は、断固頷く仕草で我が意を是路総士に伝えるのでありました。
「結婚、と云う事も当然考えているのだな?」
「押忍。そうしたく思っております」
 これはあゆみに先んじて万太郎が云う言葉でありました。今度はその後に、あゆみが口を引き結んで一つ大きく頷くのでありました。
「そうか。判った」
 是路総士は一息間を空けるのでありました。「しかし常勝流宗家の一人娘であるあゆみの結婚には、色々と面倒で小難しいハードルが前に幾つか並んでいる」
「それは僕も理解しております」
 万太郎は生真面目そうに頷くのでありました。「しかし二人がしっかりとした気持ちを持っていれば、越えられないハードルはないと思うのです」
 隣に座っているあゆみがまたもや力強く同調の頷きをするのでありました。
「例えば是路姓の存続と云う問題があるから、お前はウチに養子に入る事になろうが、お前の実家の皆さんはそれを快く了承してくださるかな?」
(続)
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