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お前の番だ! 548 [お前の番だ! 19 創作]

 万太郎は先程言葉を制せられたあゆみのように、不承々々といった風情でまた正坐に戻るのでありました。万太郎が膝行して障子戸を開けて畏まり、あゆみと花司馬教士が座礼する中を、是路総士は何となく急ぎ足で師範控えの間を出て行くのでありました。
「じゃあ、自分もこれで失礼致しましょう」
 是路総士の姿が消えてから、花司馬教士が万太郎とあゆみに一礼してから立つのでありました。万太郎とあゆみも少し遅れてゆっくりと立ち上がるのでありました。
「花司馬先生、遅くまで待って貰っていて済みませんでした」
 万太郎が云うと花司馬教士は意趣有り気な笑みを返してくるのでありました。
「いや何、あゆみ先生から八王子に行きたいので中心指導を代わってくれないかと、切羽つまった顔で頼まれた時点で、ああこれはと、はたと手を打ってすっかり呑みこんで、だからお二人の帰宅が遅くなるだろうとは予想していましたから。そりゃそうでしょうよ。お二人がそう云う仲に晴れてなったなら、帰りが早くなるわけがないですからねえ」
 花司馬教士はニヤニヤ笑いを浮かべてからかうのでありました。
「いや、急いで戻る心算でしたが、急いでも最後の一般門下生稽古に間にあうはずもないからと云うので、八王子駅のそごうの上の喫茶店でコーヒーを飲んだりしていたものですから。・・・まあしかし、それならそれで電話を入れるべきでしたが、迂闊でした」
「ま、電話をするのも何となく決まりが悪い、と云ったところでしょうからね。つまり、その喫茶店は、お二人がそうなってからの初デートの場と云う事になりますかな?」
「いやまあ、そんな事ではなくて、単に喉が妙に渇いたからと云う事でして、・・・」
 万太郎は大いに照れるのでありました。
「ああそうですか。単に喉が妙に渇いたから、ですか。しかしまた、どうして折野先生の喉が急に渇くような按配に相なったのでしょうかねえ」
 花司馬教士はそう返してあゆみの方に目を向けるのでありました。あゆみは花司馬教士と目があうとクスと掌で口元を隠して照れ笑うのでありました。
 師範控えの間を辞して、帰宅する花司馬教士を玄関まで送るために、万太郎とあゆみ、それに当の花司馬教士は静まった夜更けの廊下で歩を進めるのでありました。
「よおよお、ご両人」
 少し前を並んで歩く万太郎とあゆみに、花司馬教士が妙な声のかけ方をするのでありました。ふり返ると、花司馬教士は冷やかすような笑みを浮かべているのでありました。
「何でしょうか?」
 万太郎が問うと花司馬教士は含み笑いの度を増して見せるのでありました。
「私の目は気にせずに、もそっとピッタリ寄り添って歩かれても構いませんよ」
 花司馬教士はあくまでも冷やかし続けるのでありました。
「冗談はやめてくださいよ」
 万太郎は大いに照れてそう返すのでありましたが、そんな万太郎とは裏腹に、何を思ったのかあゆみはその言に唆されたように、花司馬教士に対して繕う事もせず、寧ろこれ見よがしと云った風に万太郎の腕に自分の腕を絡めるのでありました。
(続)
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