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お前の番だ! 547 [お前の番だ! 19 創作]

「そう云った話しをするには、私は何の用意もしていない」
 是路総士がへの字に曲げた口の端から無愛想に言葉を漏らすのでありました。
「どうやらこうして並んで座っていらっしゃる様をお見受けしておりますと、お二人のお気持ちは既に互いに確認済、と云った風情に見えます。恐らく八王子からの帰路、街中を歩いていても電車に並んで座っていても、ずっと、そう云った辺りを、言葉少なながらも互いに見交わす目と目で以って、しっかと確かめあってこられたのでしょうなあ」
 花司馬教士に呑気そうな口調でそう云われると、万太郎とあゆみは同時に首を横にゆっくり回して、互いの顔を見交わして面映ゆそうに笑みあうのでありました。まあ、要するに花司馬教士の推測や、ご名算、と云ったところでありましょうか。
 そんな二人を見ながら是路総士は小さく咳払いをするのでありました。万太郎とあゆみは慌てて顔を正面に戻して、遠慮がちな上目遣いに是路総士を見るのでありました。
「突然ながらここは一つ、あゆみ先生と折野先生のお気持ちを、包み隠さず総士先生に吐露されるチャンスであり正念場だと見ましたが、お二方、どうなさいますかな?」
 花司馬教士の指嗾に乗ってあゆみが口を開こうとした刹那、是路総士が前の二人の方に掌を差し出して断固とした云い回しで先制するのでありました。
「その話しを聞くには、今は用意がないと私は云っている」
 あゆみは思わず息をつめて言葉を口の中から吐き出す暇もない儘、やや無念そうに不承々々と云った風情で口を噤むのでありました。万太郎の方はと云えば是路総士のその固い言葉に緊と顔面を打たれて、身を竦めて畏れ入っているのみでありましたが、こう云う方面にはからっきし意気地がないのは、これは自分でも情けない限りでありましたか。
「さて、威治君と洞甲斐さんとの話しの経緯はすっかり了解した。今日のところはこれにてお開きとする。折野、ご苦労だった」
 是路総士はそう云ってそそくさと席を立とうとするのでありました。「花司馬君も遅くまで待っていて貰ってご苦労だった。もう帰宅してよろしいぞ」
「押忍。有難うございます」
 花司馬教士は苦笑いながら慇懃にお辞儀をするのでありました。
「お父さん、何処に行くの?」
 あゆみが急に娘の口調になって訊くのでありました。
「ああいや、風呂だ。何か知らないが妙に汗をかいた」
 是路総士が少し焦ったような口調で応えるのでありました。弟子としてのあゆみの口は制したけれど、娘としてのあゆみの口がこの先何やら自分に向かって言葉を発し出したならば、父たる自分は屹度それをすげなくふり切れないで持て余すに違いないと踏んで、ここは一番、遁走に及ばんとする了見なのであろうと万太郎は推し量るのでありました。
「ああ、では来間にそう云ってきます」
 万太郎が立とうとすると是路総士はそれを手で制するのでありました。
「いや、食堂の方にいるのだろうから、風呂に行く序に私が声をかける」
「押忍。判りました」
(続)
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