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お前の番だ! 546 [お前の番だ! 19 創作]

 万太郎は困じて唸るのでありました。花司馬教士が云うように確かにここは良い折ではありますが、しかしいざとなるとどうにも腰が引けて仕舞うのでありました。
「最初に云っておかなければいけないのは、あたしが後を追って八王妃まで行くなんて、万ちゃんは端から思いも依らなかったと云う事です」
 万太郎の方は腰が引けた儘であるのに対して、あゆみがそれまで瞑目していた眼をしっかと見開いて、是路総士に一直線に視線を向けながら話し始めるのでありました。「万ちゃんを見送った後、全くのあたしの独断で、不意に思い立って勝手にそうしたのですから、万ちゃんには何の咎もないと云う事を話しの初めに先ず云っておきます」
「二人で予め示しあわせていた、のではないと云う事だな」
 是路総士は静謐な表情ながらも、その云い様は至ってすげないのでありました。
「その通りです。だからあたしの行動には万ちゃんは全く無関係なのです」
あゆみの語調にはそのすげなさに負けていない断固たる響きがあるのでありました。
「そこは判った」
 頷きながらも是路総士の顔は相変わらず憮然とした儘でありました。
「それはあたしが後を追ったとしても、万ちゃんの加勢にはちっともならないかも知れないけど、でも、あたしはどうしても、居ても立ってもいられなかったのです。万ちゃんに若しもの事があったら、あたし、・・・もう、そうなったら、もう、・・・」
 あゆみの語尾が掠れるのでありました。それは急に涙が溢れてきたためかも知れないのでありましたが、万太郎もそのあゆみの気持ちに感応して熱いものがこみ上げてきたものだから、確認のためにあゆみの方に顔を向ける事が出来ないのでありました。
 あゆみの言葉を、と云うよりはその言葉を発生させている愛娘の心情に是路総士はどう応えて良いのやらと持て余しているのか、全くの無言を貫くのでありました。何とも気まずい空気が、師範控えの間に重たく泥むのでありました。
「あのう、僕は、あゆみさんの事を、そのう、・・・ずっと前から、す、好き、でした」
 真っ先にこの気まずい雰囲気に耐えかねたのは万太郎で、万太郎は思わずそんな事を口走っているのでありました。座に在る全員の目が一斉に向けられるのを感じて、万太郎は自分の発した言葉が、重たい空気の中に消え残って不安定にぶら下がっているあゆみの言葉を、不自然な手つきで余計に掻き回して仕舞ったようだと知るのでありました。
 泥んだ息苦しさがやや煩く揺らいでいる、慎に以って遣り切れない雰囲気を解消させようとしてか、花司馬教士が遠慮がちな風情で頓狂な声を上げるのでありました。
「ありゃあ、折野先生が、竟にここで告白されましたなあ」
 花司馬教士は万太郎に親愛に満ちた苦笑を送るのでありました。「あゆみ先生も折野先生に対する心情を行動に依って告白されたようなものですから、ここは総士先生、あゆみ先生の差し当たりの非を打ち鳴らしている場合ではなさそうな按配ですぞ」
 是路総士は唸るのでありました。好都合か不都合か、あゆみの急場には好都合に、万太郎にとっても今後の成り行きには恐らく好都合に、是路総士にとっては何とも云えないけれど当座としては困惑都合に話しの舳先が捻じ曲がるのでありました。
(続)
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