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お前の番だ! 545 [お前の番だ! 19 創作]

「まあ、折野の言葉をどう受け取るかは、威治君の心次第だな」
 是路総士は自得するように小さく一つ頷くのでありました。「慎思して感ずるところがあったなら、威治君は何時か総本部道場に屹度やって来るだろうし、相変わらずに受け止めただけなら、現れないだろうよ。それはもう折野の手を離れた問題となろうな」
「若し遣って来たなら、少しくらいは見直しても良いすがね」
 花司馬教士が多少皮肉っぽく云うのでありました。二人は洞甲斐氏がどうするかについては何も触れないのでありましたが、洞甲斐氏はもう思慮の外なのでありましょうか。
「折野、ご苦労だった」
 是路総士のその言葉が万太郎の報告への締め括りの言でありましょう。一先ずは良くやったと云う語調に聞こえるのでありますが、看板の書き換えを認めさせた点以外に、これと云って褒めるところはない云う感じかなと万太郎は解釈するのでありました。
 是路総士の期待通りには事を総て上手く運べなかったのが万太郎としては辛いところでありましたか。多分評価を下げたろうなと万太郎は少しく悄気るのでありました。

 報告も一区切り終わったので、今日はこれまでと是路総士に一礼してから師範控えの間を立とうとする万太郎に、花司馬教士が引き留めの言葉をかけるのでありました。
「折野先生、話しはそれだけでしょうか?」
「押忍。これであらましですが」
 万太郎は中腰の儘応えるのでありました。
「いやいや、そうはいきませんよ」
 花司馬教士は下に向けた掌をゆっくり一振りして、まあ座れと万太郎に再着座を促すのでありました。「折野先生とあゆみ先生の件が、未だ残っていますよ」
 花司馬教士は是路総士の方に顔を向けて、妙に愉快そうに、そうですよねと確認するような表情をして見せるのでありました。是路総士はその花司馬教士に向かって無表情で小さく一つ頷いてから、前の万太郎とあゆみを夫々見るのでありました。
 万太郎は急に喉に水が痞えたような空咳なんぞをしてから横のあゆみを窺い見るのでありました。あゆみは肩を竦めて困ったような顰め面で瞑目しているのでありました。
「居ても立っても居られず折野先生の後を追ったあゆみ先生と洞甲斐さんの道場で逢ってから、二人で向こうを辞してここに戻られるまでのあれこれをご報告願いたいですな」
「戻るまでのあれこれ、と云われましても、その、・・・ええと、・・・」
 万太郎はたじろいで先ずは大いに口籠もるのでありました。「・・・ええと、先ず玄関で靴を履きまして、向こうの道場を出まして、左右の足を互い違いに前に出しまして、西八王子駅まで歩きまして、それから切符を買いまして、中央線に乗りまして、・・・」
 万太郎がそこまで云うと是路総士が咳払いするのでありました。誤魔化しの戯れ言はそのくらいにしろよと、万太郎は無言に叱られたようであります。
「折野先生、決まりが悪いのは斟酌致しますが、折角の折なのですから、ここが先途と腹を括って、お二人のお気持ちを総士先生に吐露されて見ては如何でしょう?」
(続)
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