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お前の番だ! 542 [お前の番だ! 19 創作]

 万太郎があゆみと花司馬教士のその折の遣り取りを推察するに、万太郎の後を追って八王子に行くので、この後の中心指導を代わってくれとあゆみに懇願されて、あゆみの何やら思いつめた表情も一緒に勘案しながら、花司馬教士は、ははあ、とすぐに大方を呑みこんだのでありましょう。で、あゆみの心意気とその切羽つまり具合に感じ入って、自分の胸をドンと一つ叩いて、おいそれとその懇願を受け入れたと云うわけでありますか。
 花司馬教士にしては、なかなかに粋な計らいというところであります。依って、あゆみの心根を是としたい思いから、あゆみに成り変わって、まあ、それ程上手でもないながらここであれこれ弁明をしてくれていると云う次第なのでありましょうか。
「折野の事が心配で堪らなかったのか、あゆみ?」
 是路総士の難詰口調が困惑のためやや緩むのでありました。あゆみの方はと云えば、そう直截に聞かれると返答に困るのか俯いて縦にも横にも首をふらないのでありました。
「あゆみ先生の今回の行動については、行きがかり上、私にも一責があります」
 花司馬教士はそう云って立ち上がると、あゆみの座っている横に決然と移動して是路総士に向かって正坐するのでありました。「総士先生、どうかこの花司馬も共に謝りますので、今次に限っては、どうぞあゆみ先生の行動を曲げてお見逃しになってください」
 花司馬教士は先程のあゆみと同じように最敬礼に近いお辞儀をするのでありました。横のあゆみも、ほんの少し遅れて額を畳につけるのでありました。
 横手に並ぶ二人がお辞儀していると云うのに自分だけ上体を起こしているのも、体裁上釣りあいが悪いような心持ちがするものだから、万太郎も何となくお辞儀の姿勢になるのでありました。その儘横目であゆみを窺うとあゆみは万太郎の方に少しだけ顔を向けて、今是路総士に怒られている点には直接には無関係な万太郎が一緒に頭を下げるのを可笑しく思うのか、はたまた共犯者同士で秘かに交わすタイプの笑みの心算なのか、それは判然としないながらも兎に角、なかなかに可憐な含み笑いを送ってくるのでありました。
 こんな笑顔を見せられたら、万太郎としても不謹慎ながら竟笑い返して仕舞うのは、これはもう仕方ないと云うものであります。しかし万太郎の口の端が笑いに動いたその刹那是路総士の咳払いが聞こえてきたものだから、万太郎とあゆみは見交わしていた互いの視線を慌てて外して、如何にも謹慎なお辞儀の態に急ぎ復帰するのでありました。
「花司馬君まで一緒になってそう云う真似をされると、どうも小言が云いづらい」
 是路総士はもう一度、軽く握った拳で口を隠して咳払いをするのでありました。「それではあゆみへの叱責は、花司馬君が居ない時を見計らって、改めてする事としようか」
 この是路総士の言に依り三人は頬の筋肉を緩めるのでありました。それから微妙な時間差で万太郎、花司馬教士、あゆみの順でやおら曲げていた腰を延ばすのでありました。
「それで、その、・・・威治君と洞甲斐さんが道場の看板から、常勝流、の冠を外したとして、その事はその後にどうやって検証するのかな?」
 是路総士は万太郎の方に顔を向けて訊くのでありました。
「近い内に予告なく確かめに来るからと、そう云っておきました。まあ、常勝流、の文字を外すのは、恐らく間違いなく実行していただけるだろうと思います」
(続)
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