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お前の番だ! 535 [お前の番だ! 18 創作]

 万太郎の動く気配を察知して、洞甲斐氏は万太郎の方に顔を向けるのでありました。その上何を勘違いしたのか、急に表情を恐怖に引き攣らせるのでありました。
 万太郎がもう一歩足を進めて洞甲斐氏の方に手を伸ばすと、どうしたものか洞甲斐氏はへなへなとその場に頽れるのでありました。何やら元祖の洞甲斐氏に向かって万太郎が瞬間活殺法を仕かけたような具合であると、万太郎は秘かに苦笑うのでありました。
「若先生」
 万太郎はその場でもう一度、威治前宗家の方に視線を移すのでありました。「まあ、洞甲斐先生も座られた事だし、我々も座って話しをしましょう」
 威治前宗家は洞甲斐氏を一瞥して舌打ちしながら、そのだらしなくへたりこんだような座り姿から目を背けるのでありました。それから万太郎には視線を向けない儘、元の神棚下の壁を後ろにした位置にゆっくりと胡坐に座るのでありました。

 万太郎は威治前宗家の後に再び、元の辺りに正坐するのでありました。しかし座布団は外して、それをやや後ろにいるあゆみに譲るのでありましたが、これはあゆみの衣服が埃まみれにならないようにと云う万太郎の配慮からでありました。
 あゆみは万太郎のすぐ後ろに、その座布団を下に敷いて矢張り正坐するのでありました。あゆみが座ったのを見て、洞甲斐氏がもの憂気に居住まいを正すのでありました。
 普段着と亀男のダブルの白背広は万太郎には近づきたくないのか、横手の道場隅の、一団とは離れた辺りに慎ましやかに肩を寄せて着座するのでありました。未だ肘を抑えた儘のずんぐりむっくりと、ようやく強打した背中の痛みから少しは回復したノッポのしくじり兄弟も、普段着とダブルの白背広の後を追って道場隅に離れるのでありました。
 万太郎とやや後ろのあゆみ、それに威治前宗家と洞甲斐氏が対座する格好になるのでありました。あゆみの正坐した片膝が万太郎の外踝に触れているのでありましたが、あゆみはそれを離そうともしないのでありましたし万太郎も敢えて避けないのでありました。
 威治前宗家の座り様と云ったら、万太郎に綺麗に正対する事なく、如何にも斜に構えた横着なものでありましたか。今の今見せつけられた万太郎の圧倒的な武技の実力に対する引け目と畏れをひた隠して、何があったとしても絶対に手放す事が出来ない自尊心から、万太郎をあくまでも格下として扱おうと云う苦しい了見が、ありありとその両肩辺りに煙っているのでありましたが、この虚勢はもう既に破綻していると云うものであります。
「若先生、では看板から、常勝流、の文字を外す事は改めてよろしくお願い致します」
 万太郎は一悶着ある前の威治前宗家の言質を再確認するのでありました。
「判ったよ。お前もしつこいな」
 威治前宗家は無愛想に云うのでありましたが、万太郎を見ないのでありました。
「しつこく云っておかないと、またぞろ無責任な事をされる恐れがありますのでね」
 万太郎は言葉にやや揶揄を籠めるのでありましたが、威治前宗家はその万太郎の棘を強いて見ないふりに努めるのでありました。
「洞甲斐先生も、お願いしますよ」
(続)
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