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お前の番だ! 533 [お前の番だ! 18 創作]

 ダブルの白背広は一定距離玄関引き戸から離れてから、四つ這いの無様な格好の儘で恐る恐るそちらの方に首を捻じるのでありました。その動きに釣られるように万太郎も、はてこのタイミングで一体誰が戸を開けたのかと、そちらを見るのでありました。
 煩いと隣家が苦情を云い立てに来たのかとも考えるのでありましたが、それにしては来るのが時間間隔としてちと早過ぎるような気もするのでありまず。何より中から殺気立った気配が玄関先にまで漏れているだろうから、怒った隣家だろうが洗濯屋か酒屋のご用聞きだろうが、偶々通りかかった訪問のセールスマンだろうが回覧板を持ってきた町内の役員だろうが、そんな物騒な場に敢えてのこのこ顔出しするとも思えないのであります。
 開いた引き戸から玄関の内に、やや警戒気味に入り来る女の姿があるのでありました。それはあゆみの姿であると万太郎はすぐに気づくのでありましたが、同時に何故あゆみがここに現れたのかと云う疑問がすぐに脳裏に湧き上がるのでありました。
 あゆみは目のすぐ先で畳に這い蹲る男を、奇妙な物でも見るような目つきで見るのでありました。男と目線が一致すると、ビクッと小さく戦くのでありました。
「・・・ああどうも、いらっしゃいませ」
 這い蹲った儘であゆみと目があったダブルの白背広が、律義にと云うか何と云うのか、如何にも状況にそぐわない呑気な声であゆみに挨拶を云うのでありました。
「お、お邪魔します。・・・」
 あゆみも警戒感たっぷりの表情ながら、何となく間の抜けた小声でそんな言葉を返して、首をひょいと前に出して軽いお辞儀なんぞをして見せるのでありました。
「今、少々取りこんでおりますので、ご用でしたら出直していただけますかねえ」
 男があゆみをやんわり追い返そうとするのでありました。
「あゆみさん!」
 万太郎が声を出すのでありました。その声にあゆみが、このえも云えぬ、妙に決まりの悪い状況から解放されて、安堵したような表情を万太郎に送ってくるのでありました。
 同時に、ダブルの白背広が万太郎に先程の怖気たっぷりの表情を急ぎ向けて、道場の隅の方に這った儘そそくさと退散するのでありました。まるで早足の亀であります。
「あゆみさん、どうしてここに?」
 万太郎は首を傾げるのでありました。
「万ちゃんが心配だったからじゃない!」
 あゆみはそう云って遠慮なく気忙し気に道場に上がって来るのでありました。
「あゆいさんは総本部の稽古があるんじゃなかったですかね?」
「心配で、心配で、稽古している場合じゃないから、抜け出してきたのよ」
 あゆみは万太郎に駆け寄ると、万太郎の胸に掌を当てるのでありました。
「怪我なんかしていないわよね?」
「別に大丈夫です。しかし僕は大丈夫なのですが、・・・」
 万太郎はそう云いながら前の畳に頽れている偉丈夫二人を見下ろすのでありました。
「万ちゃんが、したの?」
(続)
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