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お前の番だ! 529 [お前の番だ! 18 創作]

「若先生を前にして何という無礼な事を云うのですか!」
 洞甲斐氏は声を荒げるのでありましたが、威治前宗家の方はと云えば鼻白んだ表情を見せるのみで万太郎の方を見もしないのでありました。これは万太郎に触れられたくないところを如何にも無造作に一撫でされて、思わず及び腰になったからでありましょう。
「会派の名前の件で総士先生を蔑ろにするような不謹慎を働いた方に、僕としてはそんな事を云われる筋あいは全くないと思いますが」
 こう万太郎に云われて仕舞うと、洞甲斐氏も二の句は継げないでありましょう。「さてところで、若先生にお聞きしたいと思っていたのですが、道分先生との二人だけの稽古とやらで、一体どのような事をお習いになったのでしょうか?」
 万太郎は詰問口調ではなく、到って穏やかに、如何にも素直な質問と云った体裁で問うのでありました。すると威治前宗家は逆に内心少々怯んだようで、細めた瞼の中で眼球が忙しなく微動するのを万太郎はしっかり確認するのでありました。
「それは色々、技のコツとか、勘所とか、・・・」
 威治前宗家は縺れた声で応えるのでありました。そう訊かれた時には、そんなものは他人に教える事じゃない、と一喝して横着に遣り過ごせば良いものを、こうして律義に応えようとする辺り、矢張り案外、悪辣非道の人と云うだけではないのかも知れません。
「そう云うものは教えられておいそれと出来るようになるものではなく、職業武道家なら、豊富な稽古量の上に自分で研鑽工夫して会得すべきものではないでしょうか?」
「若先生が道分先生から伝授されたのは、もっと術理の根本に関わるものもあった筈です。つまり巷間、秘伝、と称されるようなものとか」
 洞甲斐氏が横から口を出すのでありました。「ねえ、若先生、そうですよね?」
「常勝流の秘伝、と云うものでしょうか?」
 万太郎は威治前宗家の顔に向かって質問を重ねるのでありました。
「そうだな。そんなのも、まあ、・・・習ったな」
 威治前宗家は、しどろもどろを必死に隠そうとして、返って顕れて仕舞うところのしどろもどろの口調で応えるのでありました。
「道分先生が常勝流の秘伝を伝授されたのですか?」
 万太郎か訊き募るのでありました。
「そうだな」
 これも隠そうとして、返って顕れて仕舞うところの動揺が籠った口調でありました。
「はて。それは妙ですね」
 万太郎は首を傾げて見せるのでありました。「常勝流の秘伝は一子相伝ですから、総士先生は受け継がれているけれど、道分先生には伝えられていない筈ですが?」
「それは要するに、道分先生が独自に会得された道分先生流の秘伝ですよ」
 また洞甲斐氏が嘴を入れるのでありました。「ねえ、そうですよね、若先生?」
 何やら苦しい強弁と云うべきでありましょう。まあしかし万太郎は、ああそうですか、と一応素直に頷いて見せて、それ以上のしつこい追及を控えるのでありました。
(続)
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