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お前の番だ! 521 [お前の番だ! 18 創作]

 万太郎は呆れ顔をして見せるのでありました。「二人の名前をご存知ですか?」
「いや、聞いた筈ですが忘れました。覚えておく程のヤツとも思えませんでしたから」
「ああそうですか」
「いやしかし、その二人はもう洞甲斐さんの処には居ないのではないでしょうか?」
 花司馬教士は意外な事を云い出すのでありました。「未だ道分先生がご存命の頃、確か洞甲斐さんから直接そのような事を聞いた覚えがあります。洞甲斐さんは、あの二人はモノにならないから辞めさせた、とか云っていたように記憶しています」
「あれ、そうなんですか?」
「まあ、もう前の事になりますから、その後どうなったのかは知りませんが」
 その二人が居ないのなら、あゆみの懸念は大分解消すると云う事でありましょうか。万太郎如きではこの任務は上手に務められないと云う、そっちの懸念は残るとしても。
 万太郎は件の八王子の世話役に、威治前宗家が洞甲斐氏の道場にやって来る日を見張って貰うのでありました。当面威治前宗家は他にやる事もなかろうから毎日でも出張って来ても良さそうなものでありましたが、そこは自分勝手で無責任な彼の人の事でありますから、世話役の話しに依ると土曜日と日曜日にほぼ定期に来ているようでありました。
 ほぼ定期に、と云う事は来ない日もあるようであります。威治前宗家は洞甲斐氏と組んで新たに結成した会派には然程に思い入れるところがないのか、それとも単にずぼらなだけなのか、その辺は万太郎には確とは判らないのでありました
 まあ、突然行って意表を突くと云う手もありはしますが、一応は律義に手順を踏んで堂々と乗りこむ方が良かろうと判断して、万太郎は事前に洞甲斐氏の道場に電話を入れるのでありました。万太郎の突然の電話に、洞甲斐氏は先ず怯むのでありました。
 如何な用件でと訊く洞甲斐氏に、万太郎はそれは行った折にと慇懃な口調で勿体ぶるのでありました。万太郎が態々出向くと云うのを無下に断る明快な理由もないものだからか、電話に出た洞甲斐氏は及び腰の気配を伝えるものの、断りはしないのでありました。
 万太郎は勿論、行く日を威治前宗家も居る日曜日に選んだのでありますし、屹度威治前宗家にもその場に居ていただきたいと念押ししておくのでありました。何やら判らないながら、そう威治前宗家に伝えると洞甲斐氏は不承々々に受けあうのでありました。

 当日の日曜日、万太郎が玄関で靴を履いていると、稽古着姿のあゆみがそこにやって来るのでありました。午後の専門稽古が始まる前の時間でありました。
「万ちゃん、本当に一人で大丈夫?」
 あゆみは心配顔で万太郎を上がり框から見下ろすのでありました。
「大丈夫でしょう。斬った張ったをしに行くのではなくて、会談に行くのですから」
 万太郎は努めて呑気そうに云うのでありました。その会談てえものが、判らず屋の二人を相手とするのでありますから、そこは何とも気が重いのではありましたが。
「あたし、あの日以来、胸騒ぎが収まらないの」
 あゆみの云うあの日とは、万太郎にその話しを聞いたあの日、でありましょう。
(続)
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