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お前の番だ! 512 [お前の番だ! 18 創作]

 その日夜遅く道場に帰り着いてから、居間で徳利と猪口を前に置いて、古代の銅鏡の写真集を開いて寛いでいる是路総士に、万太郎は帰着の挨拶の後で洞甲斐氏の道場を見に行ってきた事を報告するのでありました。食堂でコーヒーを飲んでいたあゆみと来間も、万太郎のその話しに興味を示して、居間の方に寄ってくるのでありました。
「不躾な云い方かも知れませんが、廃屋と云っても云い過ぎではないような古い家で、中で投げ技の稽古でもしようものなら、その衝撃で倒壊しそうな感じでした」
 万太郎は大袈裟な表現ではなく、写実的な表現としてそう云うのでありました。
「この総本部にしても、古いと云う点では人様の道場をあれこれ評するのは烏滸がましいと云うものだが、まあ、つまり荒れ果てたと云った印象だったのかな?」
「そうですね。朽ちるに任せて、手入れも何もされていようでした」
「洞甲斐先生はそこに住んでもいるのでしょう?」
 あゆみが脇から質問するのでありました。
「そうらしいですね。自転車に乗って買い物から帰って来ると思しき洞甲斐先生を道で見かけましたから、確かにあの建物に住んでいらっしゃるのでしょう」
 万太郎はあゆみの方に顔を向けて云うのでありました。
「お前はその洞甲斐さんに挨拶をしたのか?」
「いえ。別に挨拶しても良かったのですが、ひっそりと様子見に云った手前、何となくそれも憚られるような気がして、失礼ながら物陰に隠れて遣り過ごして仕舞いました」
「勿論、威治前宗家は一緒にいらっしゃらなかったのですね?」
 来間が万太郎にやや身を乗り出すような素ぶりをして訊くのでありました。
「ああ。洞甲斐先生一人だった」
「洞甲斐先生と威治前宗家が組んで一派を立てるとしたら、当面はその洞甲斐先生の道場がお二方の活動の拠点となるのでしょうかね?」
「まあ、その方が元手要らずで、手っ取り早くはあるだろうなあ」
 万太郎は来間のその考えに懐疑的な顔をして見せるのでありました。「しかし、八王子を拠点とするのは、威治前宗家にとってはどうなんだろうな。それにあの朽ちかけたような道場を拠り所にするとなると余りに、妙な云い方だが、可哀想な気もするがなあ」
「広さが十六畳だと、確かに拠点道場としては狭いわね」
 あゆみも万太郎の意見に賛同するようでありました。「でもあの二人の事だから、二人で組んで一派を始めたら派勢がすぐに盛んになって、瞬く間に繁盛して、門下生もどんどん集まって来て、早々に新しい広い道場に移れる胸算用でいるのかも知れないわよ」
「おや、あゆみさんにしては珍しく、それは皮肉な云い方ですよね。鳥枝先生がそうおっしゃられるのなら判りますが」
 万太郎はそう云ってあゆみに笑いかけるのでありました。あゆみは万太郎に云われて初めて自分の言葉の棘に気がついたと云うように、少したじろいで見せるのでありました。
「まあ、私としては威治君がこの先そこに現れないで欲しいと願うが」
 是路総士はそう云って猪口を持ち上げるのでありました。
(続)
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