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お前の番だ! 510 [お前の番だ! 17 創作]

「まあ、威治君の名前と云うよりは、父親であった道分さんの驍名と云うべきだな。それに今般の興堂流を辞めた経緯にしても、隠密裏に処理されたようだし、動向に一種の不可解さはつき纏うものの、未だ深い傷はついていないと見る向きもあるだろう」
「洞甲斐先生もそう云う目のつけどころで、と云うわけですね?」
「聞けば洞甲斐さんは興堂流を辞してからは、自宅の道場で細々と、まあ、あの人なりの武道を続けているのだそうだが、なかなか人も集まらないようだし、ここは一つ道分さんの遺児である威治君と組む事に依って、世間の耳目を引こうと云う企みなのだろう」
「興堂流を仕くじった者同士で、過去の様々な因縁は綺麗に水に流して、新たに二人手を組んでこれから起死回生を狙う、と云う寸法ですか。・・・」
 万太郎にしては、これはやや皮肉な云い草と云えるでありましょうか。是路総士はこの万太郎の云い草に対しては、特に反応を示さないのでありました。
「洞甲斐さんと何かを企てても、威治君にはあんまりプラスにはならないだろう」
 是路総士は陰気な声でそう云うのでありました。「折野、然程にそっちの方に力を入れる必要はないが、八王子に行った折とか、少し二人の動向に気をつけておいてくれんか」
「押忍。承りました。少し探ってみます」
 万太郎は了解のお辞儀をするのでありました。
「ま、あんまり熱心にやる必要はないぞ。それとなく、で構わんからな」
 是路総士は万太郎の過剰な意気組みを抑えるためにかそう云い添えるのでありました。しかしそうは云われても、是路総士直々の依頼なのでありますから、徒や疎かには出来ないと万太郎は腹の中で褌の紐をキュッとややきつ目に締め直すのでありました。

 直近の八王子への出張指導がある日、万太郎はその日助手につく事になっている片倉に、ちょいと用があるからと云い置いて一人で先に総本部道場を出るのでありました。具体的な探りの手立てを未だ何も考えているわけではなかったから、取り敢えず洞甲斐氏の道場の様子でも実見しに行ってみるかと思っての事で、万太郎はそろそろ夕方に差しかかって日中よりも人通りの増えた道を、仙川駅に向かって足早に歩くのでありました。
 洞甲斐氏の自宅兼道場は西八王子駅から少し離れた辺りに在って、万太郎はポケット判の多摩地方の地図を頼りにそこを訪ね歩くのでありました。南浅川と云う川を渡ってすぐの処に八王子剣道連盟の道場があって、洞甲斐氏の道場はそこより未だ先の、崖下の住宅地が切れて家屋も疎らになった寂しい辺りにあるのでありました。
 それは廃屋とまで云わなくとも相当の年月風雪に耐えてきたような、ある種の趣のある木造建物で、如何にも立てつけ悪そうな玄関引き戸の脇に、日本真武道洞甲斐流道場、と云うのと、大宇宙の意志研究所、と云う何とも怪し気な看板が並べて掲げてあるのでありました。宇宙の意志研究所、の方は建物と同じくらいの年月を経てきたような、墨の文字も掠れた木札でありましたが、日本真武道洞甲斐流道場、の方は段ボール片に黒の極太マジックインキ書きで、鋲で四隅を止めているだけの至って簡素なものであるのは、今般興堂流を仕くじった後に、新たに緊急に掲げ変えたためと推察されるのでありました。
(続)
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