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お前の番だ! 493 [お前の番だ! 17 創作]

「何それ? 云っている事が良く理解できないんだけど」
「いやまあ、良いです」
 万太郎は掌を横に何度かふって見せるのでありました。「僕なんぞは子供達が僕の云う事を聞かないとすぐに声を荒げて仕舞うのですが、これはつまり怒気が怒気を呼びこむだけで、僕が子供達のそんな呼応性を、意ならず引き出しているのでしょう。ところがあゆみさんはそこでニッコリ笑うわけです。ここが僕とは違うところですね」
 万太郎は自得するように数度頷くのでありました。
「あたし別に稽古中はニッコリなんて笑わないけど」
「顔がニッコリしなくとも、心がニッコリするのです。子供にはそれが判るのです」
「それって、日頃の万ちゃんには似つかわしくない、如何にも抒情的な表現ね」
 あゆみは戸惑うような笑いを万太郎に送るのでありました。
「まあ取り敢えず、僕にそう出来るかどうかは別の話しですが、どうして子供があゆみさんに心服しているのか、何となくその秘訣の一端が判ったような気がします」
 万太郎はあゆみの戸惑いにお構いなく、勝手に一つ頷いて見せるのでありました。
「あたしにはさっぱり判らないわ、万ちゃんが今、一体何を納得したのか」
 あゆみは狐に摘まれたような顔で、首を横に何度かふるのでありました。
「いやまあそれはそれとして、ところで少年部の時間を週にもう一齣増やすと云う点、それに少年部の指導で使用する言葉の問題とかは向後どうしますかね?」
「時間を増やすのは多分大丈夫でしょうし、お父さんも了承してくれると思うけど、今現在の一齣の中の人数を二齣にしてどう割りふるかは、子供達の都合もあるだろうから、これから色々保護者と話しあう必要もあるわね。言葉の問題は、万ちゃんと一度しっかりつめてから、花司馬先生や注連ちゃんの意見も聞くと云う段取りになるかしらね」
「そうですね。では近々二人でじっくり話しあうと致しましょう」
 万太郎は嬉しそうに笑いながらコーヒーをすっかり飲み干すのでありました。

 午前の稽古が終わったところで、来間が万太郎に耳打ちするのでありました。
「どうやら威治宗家が、興堂流を辞めたようですよ」
「興堂流を辞めた?」
 万太郎は全く意外な情報に目を剥いて、思わず来間に顔を寄せるのでありました。「辞めたって、それはつまり興堂流と云う自分の流派を解散したという事か?」
「いや、興堂流はその儘です。そこの総帥の地位を辞したと云う事です」
 来間はより小声になるのでありましたが、それは事が事なだけに、未だ道場に居残っている門下生達に迂闊に聞かれては拙いと云う配慮からでありましょう。
「少し詳しく聞こうか」
 万太郎は来間を師範控えの間に連れて行くのでありました。是路総士や鳥枝範士、それに寄敷範士が不在で、それに何か不都合でもない限り、万太郎とあゆみ、それに花司馬教士は師範控えの間を自由に使用して構わないと云うお許しが出ているのでありました。
(続)
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