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お前の番だ! 492 [お前の番だ! 17 創作]

 是路総士は頷くのでありました。「しかしその笑いには威がなくてはならん。それも巧まれた威ではなく、長い修行に明け暮れた末に身につけた覚悟からの、自然に滲み出る迫力と云うものがなければいかんだろう。そうでないと人を打つ笑いは笑えないだろうよ」
 これは是路総士だからこそ云えるものでありましょう。万太郎は自分にそう云う威が備わっているとは到底思えないのでありました。
「僕にはそう云った種類の笑いは出来そうにありません。第一に、そんな迫力を身につけるには、未だ修業歴が僕には決定的に足りないように思いますし」
「気が気を呼びこむものだ。こちらに邪気があれば相手の邪気を呼びこむし、こちらが無邪気であれば相手も無邪気になる。こちらが元気であれば相手も元気になるし、呑気なら相手も呑気だ。好い気になっていれば相手も好い気になるし、こちらが本気を出せば相手も本気になる。勝負では、気と気が呼応する。そう云うものだ」
「しかしそうは云っても、相手の気をこちらが貰って仕舞う場合もあると思います。相手が陰気だからこちらも陰気になるとか」
「その場合、どちらの気が強いか或いは優っているかが、遣るか貰うかの分かれ目だな」
「気の強さ、ですか。・・・」
 万太郎は、気の強さ、と云う言葉で、脈絡もなくどうしたものかあゆみの顔をふと思い浮かべて仕舞うのでありました。言葉の意味あいが違うと云う事は承知しながらも。
「大気が小気を自然に同調させる。武道の修業とは、畢竟、大気を錬る事だと云える」
「大気を錬るとどうなりますか?」
「物事を一瞬で思い切る覚悟が出来る。これはなかなかに強い」
「一瞬で思い切る覚悟、ですか。・・・」
 万太郎は判るでもない判らないでもない曖昧な表情を浮かべているのでありました。
「お前は在りし日の道分さんがそうであったように、後の先で動き出す時の見切りが人よりも早いから、誰よりも早く大気を獲得するのに資質は充分と云えるかも知れんな」
 この是路総士の言葉は、単に万太郎を持ち上げて発奮させようとする言葉であるのか、それとも掛け値なしの評言であるのか、万太郎には確とは判らないのでありました。
「しかし僕は未だ大気を手に入れておりませんから、暫くは暫定的な手段として、相手がニッコリ笑ったなら、取り敢えず素早く一歩下がります」
 万太郎がそう云うと是路総士はニッコリと笑って見せるのでありました。ここでは勿論、万太郎は即座に一歩下がらずに是路総士の大気に釣られて微笑むのでありましたが。
「・・・要するにあゆみさんの大気に、子供達が思わず同調させられているのでしょうね」
 万太郎はすっかり冷め切ったコーヒーを一口飲むのでありました。
「どう云う事?」
 向いに座るあゆみがやや身を乗り出して万太郎の顔を覗きこむのでありました。
「大気のあゆみさんがニッコリ笑うから、小気の子供がたじろぐのです。その一瞬であゆみさんの主導権が絶対的に確立されて、子供達はあっさりあゆみさんに従うしかなくなるわけです。つまり修業歴と人間の差が歴然とそこに現れていると云う事なのでしょう」
(続)
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