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お前の番だ! 490 [お前の番だ! 17 創作]

「そう云うこちらの狙いはあるとしても、武道を習わせる事で親御さんが何をあたし達に期待しているのか、と云う問題もあるわ」
「親御さんから月謝をいただいている以上それも大切な課題です。しかし武道の持つ厳しい雰囲気とか、何だかよく判らない指導者の言葉の中で一時間、じっと耐えられるようになると云うのも、立派に武道的な修行の成果ではあります。体力や胆力をつけるとか礼儀作法習得とかの個別要件は、それはそう云う中で結局付随的に身につくものだと僕は思います。勿論、彼等の興味を喚起する事は、指導上のテクニックとして必要ですが」
「でも自分が段々強くなっているとか、出来なかった技が何とか熟せるようになってきたとか、そう云った具体的な実感が子供達の中に生まれないと矢張り続かないでしょう」
「実感、ですか。・・・まあそうですね。稽古が好きで通って来ている子は確かに少ないでしょうし、親に云われてとか友達同士の遊びの延長と云うところが大概でしょうしね」
 万太郎はコーヒーを一口啜るのでありました。冷えたコーヒーは先程の一口よりも幾分苦くなっているような気がするのでありました。
「大人になってからの稽古がスムーズに出来るようになるため、なんて説いても子供達にはチンプンカンプンで理解出来ないだろうし、厳しい雰囲気の中で一時間過ごす事で自分が成長している、なんて如何にもこちらが好都合なように思ってくれるよりは、大体の子供は益々稽古が嫌いになっていくだけじゃないかしらね。テクニックとして子供達の興味を喚起する、とか万ちゃんは簡単に云うけど、そこがなかなか大変なところなのよ」
「でも僕や来間なんかが幾ら云ってもちっとも云う事を聞かないくせに、あゆみさんの云う事は結構素直に、子供たちは聞いてくれているじゃないですか」
「別にあたしは、何らかのテクニックを用いている心算じゃないけど」
「ああそうですか。僕はその秘訣を明快に伺いたいと考えていたのですが」
「そんなもの、あるわけないじゃない」
 あゆみは口をへの字にして首を横にふるのでありました。
「そうすると結局、あゆみさんの人徳とか雰囲気、と云うところに帰すのでしょうかねえ。つまり、あゆみさんが子供が好きだから、向こうもそれが判ってあゆみさんの事を信頼しているとか、まあ、そう云った構図として理解すべきなのでしょうかねえ」
「子供が好きかと訊かれれば、それは好きだと応えるけど、でもそんな抽象的で曖昧な事が決定打と云うのも、何か面白くない結論ね」
「でもご自身で、これと云ったはっきりした秘訣は思い当たらないのでしょう?」
「それは全然、思い当たらないわね」
 あゆみは至極あっさりとそう云うのでありました。そのあゆみの言葉を聞きながら、気が気を呼びこむ、と云う言葉を万太郎はふと思いつくのでありました。
 これは随分前に内弟子の剣術稽古で是路総士から聞いた言葉でありました。後の先、先の先、或いは、先先の先、と云う、対峙状態にある相手への武技の発動契機の機微についてのものでありますが、相手との対抗関係が最高潮に達して、今にも間合いをつめて互いに武技を仕かけようとするそのタイミングについての言葉でありましたか。
(続)
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