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お前の番だ! 489 [お前の番だ! 17 創作]

「未だ々々増えそうな気配ですよ。保護者や子供同士で学校の友達に声をかけて連れて来たりするから、募集広告なんかしなくとも結構広まりましたね」
「まあ、いろんな小学校から、と云うのじゃなくて一つの小学校に偏っているけどね」
 あゆみはそう云いながらコーヒーカップを取り上げるのでありました。
「最初はそんなものでしょう。他の校区の子供でも、何かの折に一人でも入れば、そこからまた何人か一緒に通い出しますよ。子供の情報伝播力や影響力は侮れませんから」
「今以上増えると、パンク状態になるわね」
「週一回を、二回とか三回に増やす必要がありますね。そうやって人数をふり分けないと、指導の目が行き届かなくなって稽古の質も、それに安全性も落ちますからね」
「確かにそうね。・・・」
「それに入門随時ですから、入ってきた時期によって子供の熟度が違ってきますし、上達の具合も子供に依って区々ですから、夫々に指導者がつくとすれば指導の方が幾人居ても追いつかない事になります。そう云う意味で指導の体系を見直す必要もありますし」
「実際にやってみると、色々問題が出てくるわね」
 あゆみはコーヒーカップを口元に止めて溜息をつくのでありました。
「言葉の難解さもあります。相手の後方四十五度に転身しろとか云っても、子供にとっては何の事やらさっぱり要領を得ないでしょう。それは確かに少し慣れた子供は習い性でそれっぽくは動きますが、動きの軸も何もあったものじゃない。それより何より、先ず角度の理解が曖昧だし、体軸とか重心軸とか云う言葉も理解できていませんからね」
「そうね。子供にも理解出来る言葉で指導をすると云うのは難しいわね」
「相手との接点ではなくその先に力を作用させると云う意味で、伝播性のある力、なんて大人の稽古では普通に使いますが、大人は初心者でもその言葉のニュアンスなりとも感じ取ろうとするけど、子供はチンプンカンプンとなると遠慮なくそっぽを向きます」
「それはそうね」
 あゆみはコーヒーカップを受け皿に戻して頷くのでありました。
「子供にも判る簡単な言葉に云い換えると、その言葉の持つ微妙な陰影が失われる場合もあります。つるっとした平滑なだけの言葉で技を習ってきた子供は、大人になって常勝流の技の力加減と云うのか、微妙な程の良さが上手く腹に収まらない危険もあります」
「その加減の理解を子供に期待するのは少し無理なような気がするわね」
「少しどころか、全く無理ですし無意味です。大人でも手古摺るところですから」
「何か万ちゃんと話していると、絶望的になってくるわね」
 あゆみはまた溜息を漏らすのでありました。
「少年部の責任者であるあゆみさんが絶望してはいけません」
 万太郎は空かさず柔らかく、少しく冗談ぽい口調で窘めるのでありました。「少年部指導の狙いを、我々指導者の中でもう一度明確にしておく必要があります。常勝流武道はあくまでも大人の武道ですから、大人になっても滑らかにその稽古の中に移行できるような素地を育てるのが、子供に常勝流を教える第一の狙いであると僕は思うのです」
(続)
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