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お前の番だ! 487 [お前の番だ! 17 創作]

 万太郎は、抜かりなくやります、と云う云い方に少し引っかかるのでありました。
「来間、抜かりなくやれと、別に奨励しているのではないぞ。面白がって情報を集めていると逆に、痛くもないこちらの腹を探られるような場合もあるからな。そんなつまらない事態を招くくらいなら、向こうの情報収集なんか止めておけよ。興堂流の動静と云うのは、常勝流総本部にとって絶対必要な情報と云うわけではないのだからな」
「押忍。弁えて行動します」
 来間はそう云って頭を下げるのでありました。万太郎は何となくその来間の頷きの言葉も少しばかり軽々しいように思ったのでありましたが、今ここでこれ以上小言を並べても仕方がないかと考え直して掛布団を捲って横になるのでありました。
「電気を消します」
 来間が立ち上がって蛍光灯の紐を引くのでありました。来間が布団に潜りこむ気配が消えると、真っ暗闇の中で物音がすっかり消えてなくなるのでありました。

 仙川駅前商店街の中の馴染みの喫茶店で、あゆみはコーヒーカップを口に近づけながら、向かいに座る万太郎をやや上目で見るのでありました。
「興堂流の田依里さんと云う人は、どんな感じの人なの?」
「ああそうか。あゆみさんは未だ逢った事がありませんでしたね」
 万太郎も釣られるようにコーヒーカップを取り上げるのでありました。
「そうね。あたしが八王子に行った時には偶々向こうの稽古が休みだったり、やっていても堂下君だけが来ていたりで、未だ逢う機会は未だにないの」
 この頃、月曜日の道場休みの日の夕方は、万太郎は食材とか道場や母屋内の備品の買出しをするあゆみによくつきあうのでありました。どうせやる事もなく内弟子部屋で寝転んでいるか、気が向けば稽古着に着替えて道場で木刀をふっている万太郎は、あゆみが同道を頼めば丁度良い暇つぶしになるので何時でもおいそれと承知するのでありました。
 あゆみの方もどうせ暇を持て余している万太郎ならば気軽に誘えるのであります。あゆみは万太郎の無趣味ぶりに時々呆れるのでありましたし、ゴロゴロしているのなら好都合とばかり荷物運びを依頼すると、必ず万太郎はいそいそとついて来るのでありました。
 あゆみの買い物につきあうと、帰りにコーヒーとケーキを驕ってくれるのであります。万太郎としては、まあ、それに釣られてと云うだけでもないのではありますが。
「話した感じでは、諸事に気配りの行き届いた信頼感のある人、と云った風ですかね。真面目そうでもあるし、情誼に篤い人のようでもあますし」
「ふうん。寄敷先生も鳥枝先生も、それに花司馬先生や注連ちゃんも好意的な事を云っていたわ。尤も、皆居酒屋で一度驕って貰った事があるようだけど」
「僕も奢られた口です。だから好意的な方に一票、です」
 万太郎はコーヒーカップを受け皿に戻すと、ショートケーキの上に載っている苺をフォークで刺して、それだけを口に運ぶのでありました。
「花司馬先生みたいな人?」
(続)
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