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お前の番だ! 478 [お前の番だ! 16 創作]

「あの田依里さんと云う人は高校生の頃から空手をやっていて、或る実戦派の空手の団体の中ではかなりの腕前だったそうです」
 来間はそんな情報も万太郎に披露するのでありました。
「なかなか詳しいじゃないか」
 万太郎は少なからず興味をそそられるのでありました。
「まあ、調べられる範囲で、自分としても調べてみたのです。で、一時はその団体の試合大会なんかでは中量級の部で優勝の常連だったようですね。しかし或る時を境にして、全く試合に出なくなったと云う事です。未だ二十代で力も充実していた頃だそうです」
「ふうん。どうして試合から遠ざかったのかな?」
「それは判りませんが、どんなに勧められても頑として試合には出なかったようです。武道観と云うのか、心境がある日を境に変わって仕舞ったのでしょうかね。それで結局その団体をきっぱり辞めて、その後は伝統派の空手や合気道とか居合道を始めたらしいですね。これは、自分が求めているものがそれまでの空手では手に入らないと覚悟して、転向したと云う風に見えます。そう云う人を時たま見ますし、結局宗教や神秘主義の方に走ってみたりするのですが、あの田依里さんはそんな道には行かなかったようですね」
 来間の話しで万太郎は洞甲斐氏の事を思い浮かべるのでありました。しかし田依里筆頭師範の方には、洞甲斐先生よりは余程態度に真摯なところを感じるのでありましたが。
「自分の気持ちや実像に対して、生真面目な人なのかな?」
「行動から見ると、そう云うところも窺えますね」
 来間が続けるのでありました。「それで、暫くするとそう云う武道もあっさり辞めて仕舞って、今度は二三人の仲間と、また空手の修業を始めたと云うのです。それは特に誰かに師事すると云うのではなく、空手道稽古研究会と云う名前をつけて、極々内輪で研修稽古のような事をしていたと云う事です。なかなか激しい稽古だったらしいですよ」
「で、そう云う人がどう云う経緯で興堂派の指導員になったんだ?」
「田依里さんの知人が興堂流会長と知りあいで、その人の伝で、と云う事らしいです」
「しかし田依里さんが興堂流の指導員を引き受けたと云う事と、それまでの田依里さんの歩いてきた道とが自然にシンクロするようには全く見えないがなあ」
「その知人と云う人に大変な恩義があって、是非にと頼まれて断れなかったとか、或いは何か別に秘めた魂胆があっての事か、まあ、その辺は自分にも判りませんが」
「組織的に衰退して仕舞って、その上已むに已まれず常勝流から独立せざるを得なかった興堂流なら、自分が組織ごと乗っ取るに好都合かも知れないと踏んだのかな?」
 万太郎は敢えて人の悪い想像を披歴して見せるのでありました。
「それはどうでしょう。そんな事を考える人のようには見えませんでしたが」
「まあ、確かにそうだな。お前の話しからするとそんな政治性には無縁のようだし」
「もう少し調べられるだけ調べてみますよ」
 来間が一体何処からそんな情報を取ってくるのか、一方で万太郎は不思議でありました。これまでも来間は、色んな事に妙に事情通なところがあるのでありました。
(続)
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