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お前の番だ! 473 [お前の番だ! 16 創作]

 その後、洞甲斐先生の消息をふつと聞かなくなるのでありました。それまで洞甲斐先生の一派は八王子の体育館で定期的に稽古をしていたのでありましたが、万太郎がひょっと気づいてみると、それが何時しかなくなっているのでありましたし、他の市内にある体育施設でも稽古をしている形跡は全く窺えないのでありました。
 洞甲斐先生は自宅に八畳間二つを、仕切りを外して十六畳にした小さな道場を持っていると聞き及んではいたので、そこでの稽古だけに専念しているのでありましょうか。それともひょっとしたら、すっかり武道から足を洗って仕舞ったのでありましょうか。
 これは万太郎の小さな気がかりにはなりましたか。総本部への移籍を断った経緯があるのだから、それも原因の一つとして洞甲斐先生が活躍の場を失くしたと云うのなら、万太郎としては多少の済まなさも感じないわけではないのでありました。
 まあ良きにつけ悪きにつけ、到って楽観思考の洞甲斐先生の事でありますから、何処か万太郎の窺い知れない別天地で屹度、例の瞬間活殺法とやらに磨きをかけているのかも知れませんし、武道よりは神秘主義的な活動の方に重点を移したのかも知れません。いずれにしても、もう万太郎とは関わりの薄い人となって仕舞ったのではありますか。
 しかしながらその洞甲斐先生の消息が、思わぬところから知れるのでありました。それは八王子支部に出張指導に来ていた体育館で、今は興堂派の指導員で興堂範士の最後の内弟子となった堂下善郎が、万太郎の前に突然現れた事からでありました。

 洞甲斐先生の時と同じで、常勝流八王子支部が使用している体育館の武道場の出入り口に立っている男が、ふと目があった万太郎にお辞儀して見せるのでありました。万太郎はすぐにそれが、前から見知っている堂下である事を認知するのでありました。
「おや、堂下じゃないか」
 万太郎は不審気な面持ちをして、刺子のない一枚布の空手着に黒帯を締めた姿の堂下に近づいて行って声をかけるのでありました。
「ご無沙汰しています」
 堂下は多少ぎごちない笑顔を向けてもう一度頭を下げるのでありました。
「何だ、どうしてお前がここに、しかも稽古着姿で居るんだ?」
「今度興堂流の八王子の稽古を本部が引き継ぐ事になったので、ちょっとご挨拶に」
 堂下はそう云い終ってまたもや低頭するのでありました。
「興堂流は洞甲斐先生が八王子を統括しているじゃなかったのか?」
「この前まではそうでしたが、洞甲斐先生は興堂流を除名になったので、今後は本部師範が出張して指導に当たる事になったのです」
「洞甲斐先生は興堂流を除名になったのか?」
 万太郎は思わず眉宇を曇らせるのでありました。「それはまた、一体どうした按配でそんな無粋で荒けない仕儀になって仕舞ったんだ?」
 早晩洞甲斐先生は興堂流を辞するであろうとは予想していた事でありました。しかし除名となると、些か穏やかならぬ辞め方と云うべきではありませんか。
(続)
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