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お前の番だ! 460 [お前の番だ! 16 創作]

 洞甲斐富貴介先生はおどおどと万太郎の眼光から逃れるように俯いて、その後にエヘヘと愛想笑って見せるのでありました。
「勿論折野先生のご指導ぶりを拝見させていただいて、今後の参考にさせていただきたいと云うのが第一番目の了見ですが、最近の興堂流の様子についてもお話ししたい事が少々ありまして、不躾かとは思いましたがこうして罷り越しさせていただいた次第で」
 何と云う胡散臭い科白かと万太郎は聞きながら大いに不快になるのでありました。
「今は稽古中ですので、長い話しになるようならご遠慮いただきたいと思いますが」
 万太郎は故意に不信感をやや語調の中に匂わすのでありました。
「それは勿論弁えております。突然罷り越しましたのは偏に私の無礼でして、その上この場で長話しをするような不届きを働く心算は毛頭ございません」
 洞甲斐富貴介先生は時代劇で見るような、大店の悪徳主人が権力者に揉み手して諂うような笑いを万太郎に寄越すのでありました。万太郎の不快は益々募るのでありましたが、興堂流の最近の様子、と云う言葉に興味を惹かれるのも事実ではありました。
「そうですか。では稽古後に少し時間を取らせていただきましょう」
 万太郎はそう応えてきっぱりとした様子で浅く一礼するのでありました。この場はこれで一先ず引こんでくれと云うサインであります。
「判りました。有難うございます。稽古が終るまで、隅の方で邪魔にならないように見学させていただいておりますよ」
 洞甲斐富貴介先生は万太郎に了解を貰えた事を如何にも嬉しがるように、満面に笑顔を湛えて慇懃な返礼をして見せるのでありました。万太郎はその頭が元の位置に上がり切れない内に、傍を離れて指導に復帰するのでありました。
 興堂流の指導陣の一翼を担っていると思われる洞甲斐富貴介先生が、万太郎に一体どのような情報を齎そうとしているのかなかなかに気になるところではあります。しかしながらこの、胡散臭い国から胡散臭い教を広めに来たような御仁の情報が、如何程の価値があるものなのかは大いに疑問であるとも万太郎としては考えるのでありました。
 稽古が終わったら親睦を兼ねて、事情の許す門下生達と伴に定食屋か、時には居酒屋に繰り出して懇親の時間を共にするのが恒例でありました。しかしどうやら今夜は、不本意ながらその恒例行事出席を遠慮する羽目になりそうであります。
 他流の、しかもあんまり仲がしっくりいっているとは云えない、常勝流総本部道場の者に態々こうして接触を求めてきたのでありますから、信憑性半分としても、この恒例行事を犠牲にするに足るだけの情報を洞甲斐先生は持ってきた、或いは少なくともご当人は大いにその心算であると云うのは疑いないところでありましょう。この行為は興堂流に対する背信である可能性もありますし、或いはそう見せかけて、常勝流総本部道場を陥れようとする或る策略を後ろに隠し持っていると云う可能性も考えられるでありましょう。
 まあ、聞くだけは聞いておいて構わないでありましょう。抜け目なさそうでしかしどこか抜けているような肌理の粗いその物腰と、醸し出す雰囲気の怪し気な辺りを別に隠そうともしない野放図さからは、然程の深謀があるようにも思えないのでありますし。
(続)
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