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お前の番だ! 459 [お前の番だ! 16 創作]

 八王子支部の指導中でありましたが、体育館武道場の入口に白髪雑じりの総髪を後ろに束ねて、艶のない仙人髭のこれも白いもの雑じりを蓄えた男が不意に現れるのでありました。男は扉の陰に半分体を隠して暫く中の様子を窺っていたのでありますが、万太郎が技の説明を終えて門下生に反復を指示した辺りで、中へと入ってくるのでありました。
 その近づき様に無神経と無遠慮を感じたものだから、万太郎は男の面前に掌を差し出して男の歩行を制止するのでありました。
「稽古中は道場に無断でお入りになるのは控えていただけますか」
 万太郎は努めて穏やかな口調で、しかしキッパリと男の行動を窘めるのでありました。男は唐突に歩を止めて万太郎にお辞儀して見せるのでありましたが、道場中央辺りに突っ立った儘で浅いお辞儀を繰り返しながら万太郎に笑いかけているのでありました。
 白い稽古着姿の門下生達の中に在って、臙脂色のブレサーに黄色のノーネクタイのワイシャツ、それに白いスラックス姿の男の装いが如何にも不釣合いで不様なのでありました。万太郎は男を道場の隅に誘導するために、突き出した掌で何度か押すような仕草をして見せるのでありましたが、男はその謂いを察して踵を返すのでありました。
 その特徴ある風貌と、前に遠目に何度か見た事があったので、万太郎はすぐにその男が誰なのか判るのでありました。興堂範士の古い門弟で、以前は興堂派八王子支部、今は興堂流八王子道場責任者である、瞬間活殺法の洞甲斐富貴介氏でありました。
 その洞甲斐富貴介先生が一体何の用事でいきなり常勝流八王子支部の稽古中に姿を見せたのか、万太郎は訝しく思うのでありましたが、如何にも鈍感そうではあるものの万太郎の指示に素直に従う辺りとか、万太郎に投げる笑いが友好的な様相であるところから鑑みると、まさか道場破りに来たと云うわけでもなさそうではあります。しかし若しも道場破りに来たと云うのなら、万太郎は受けて立っても良いと思うのでありました。
「いやどうも、折野先生、稽古中に伺った不調法をどうかお許しください」
 道場入口の辺りまで下がって、傍に来た万太郎に洞甲斐富貴介先生は案外に低姿勢で頭を下げるのでありました。「私は興堂流八王子道場の洞甲斐富貴介と申します」
「存じております」
 万太郎は名刺を手渡す洞甲斐富貴介先生に浅く低頭して見せるのでありました。名刺には、武道興堂流八王子道場長、と云うものを始めとして、気精流剣術宗家、であるとか、深沈瞑想法研究会主幹、であるとか、陰陽の理心身調整法普及会会長、であるとか、その他にも何やら少々いかがわしそうな肩書が幾つも並んでいるのでありました。
「常勝流総本部道場の麒麟児と評判の高い折野先生が、私如きをご存知でいらっしゃると云うのは、慎に以って光栄の至りですなあ」
 肩書同様、洞甲斐富貴介先生はそんな胡散臭げな科白を、口の端にお追従のような卑俗な笑いを浮かべて宣うのでありました。万太郎は大いに興醒めるのでありましたが、一応礼儀からあからさまにそれを顔色に表わすのは控えるのでありました。
「洞甲斐先生が今日はどのようなご用件で、ここにお越しになられたのでしょうか?」
 万太郎はそう云って上目に洞甲斐富貴介先生を見るのでありました・
(続)
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