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お前の番だ! 453 [お前の番だ! 16 創作]

「ま、その高嶺の花が、里に下りてきて咲き始めそうなら私に相談してくれ。可愛い弟子のためなら一肌脱ぐのに私は大いに吝かではないからな」
 是路総士はそれ以上の追及を一旦脇に置くのでありました。
「押忍。有難うございます。しかしまあ、そう云う折は多分ないでしょうが」
 万太郎はそう云ってまた深く頭を下げるのでありました。

 所帯が膨らんだ分、常勝流総本部の仕事は繁忙になるのであました。指導にしても是路総士と鳥枝範士や寄敷範士、それにあゆみと万太郎と花司馬教士がフル稼働しても追いつかない程でありましたし、内弟子の来間や準内弟子のジョージ、片倉、山田、目白、狭間、高尾、それに山口の面々にもなかなかに忙しく立ち働いて貰う状況でありました。
 少年部創設も具体化して、いよいよ稽古を開始すると云う段取りにまで漕ぎ着けるのでありました。当面は週に二日、昼稽古と夕方稽古の合間に一時間、あゆみを筆頭責任者としてそれに万太郎と花司馬教士と来間が責任者として加わり、他にはその日道場に居る準内弟子も加えて複数での指導布陣で臨む事になるのでありました
 門下生達に、この度少年部を開設する事になったと声をかけたら、自分の子供やその知りあいの子供の入門者が何人かすぐに集まり、何処で聞き知ったのか近所に住む小学生達も数名集って来て、先ずは十人余りでスタートする事になるのでありました。
 少年部は常勝流の技法の習得と云うよりは、武道的礼儀作法や武道を学ぶための体育知育の見地に立った稽古を主眼とするため、指導者には大人の門人に指導するような高度の武術技能よりは、ある種の人格的な要素を先ず求められるのでありました。それに何より、子供が嫌いではないと云う事が指導者の第一の条件と云う事になりますか。
 あゆみはすぐに子供に懐かれるのでありました。単に懐かれるだけではなくて、そこには優しさと同時に威もあり、子供達の心服を一心に得ると云った風でありました。
 全体的には、あゆみの子供達に対して投げる眼差しは慈しむようなものではありましたが、時には無表情に近い厳かな顔をしてその無作法や指示への背違を、声を荒げる事なく、如何にも静かな物腰で窘め諭す事もあるのでありました。すると子供達はあゆみの再びの柔和な表情を求めるように、不思議に素直にその訓言に従おうとするのであります。
 あゆみが子供達のあしらいにこれだけ長けていると云うのは、万太郎には些か驚きでありました。それは殊更巧まない、あゆみの心根に由来するものなのでありましょう。
 これが万太郎以下の男共の仕儀となると、声を荒げて嚇らないと子供達は全く云う事を聞かないのでありました。それもその場逃れに悄気て見せるだけで、心から従順とするわけでは決してないのが十分に判るのでありました。
 こちらが差し当たりの歓心を得ようと少しふざけて見せれば、向こうはどこまでも羽目を外して後の収拾に一苦労するし、ややきつめに怒声を浴びせればすぐに泣いてその後は稽古の間中拗ね続けるのであります。だからと云って諄々と道理を説いてもちっともその甲斐現れる事なく詮ない事であるし、こちらが短気を起こして引っ叩く事は厳に慎まなければならないし、全く以って子供の扱いには手を焼くと云った按配でありましたか。
(続)
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