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お前の番だ! 450 [お前の番だ! 15 創作]

「はいもう、ご想像の通りです」
「それですぐに、自殺、と云う段取りになるの?」
「いやまあ、すぐにと云うか何というか。・・・で、次の日に学校に行くと、その子に僕は凄い顔で睨まれまして、もう僕に近寄ろうともしないのです。それだけならまだしも朝のホームルームが始まる前に、僕が前日渡した手紙を、その子の親友とか云う別の女子が、代理で僕に突っ返してきたのです。からかいよったら許さんからね汚らわしいか、とか、まるで僕を卑劣漢を見るような目で威嚇しながら。僕の自尊心はもうズタズタですよ」
「万ちゃん可哀相」
 あゆみはそう云って哀切の目線で万太郎を見るのでありました。そんな目容を作って見せるのは、本当に万太郎を可哀相に思っているためか、それとも冗談交じりで軽い相の手を入れる代わりの心算なのか、万太郎には何とも判断がつかないのでありました。
「それにまたその代理の女子が広めたらしく、クラス中に僕がその子に手紙を渡したことが知れ渡りまして、友達からは大いにからかわれるし、クラス中の女子からは顔を見るとクスクス笑われるようになるし、僕はもう消えてなくなりたい心境でしたね」
「でもまあ、消えてなくならなかったわけね?」
「つまり消えてなくなろうとして、洗面器の水に顔をつけたのです」
「洗面器なんかで、本当に自殺出来ると思ったの?」
 あゆみは何故かやや遠慮がちに、しかし至極真面目な顔で問うのでありました。
「僕としては当てつけがましく、海に身投げするとか、軒下で首を吊るとか、その子の家の前で切腹するとか、そう云ったのは自分の趣味に反すると考えまして、人知れず、しかもあっさりした方法を色々熟慮しまして、それで洗面器に辿り着いたのです」
「まあ、あっさり、と云うか、随分お手軽な方法ではあると思うけど。・・・」
「海の水は冷たくて想像しただけで怖気立ちましたし、僕の住んでいた家は古くて軒下と云っても若しも梁が腐っていたら、ぶら下がった僕の体重を支えるだけの強度はないかも知れないし、刃物と云うと僕は鉛筆削りに使うなまくらの小刀しか持っていないし、だからと云って台所から秘かに包丁を持ち出すと、後で母親が夕飯を作るのに難儀するでしょうから、そう云う如何にも大仰で人に迷惑をかけたりするのはダメです。でも、鉄の決意と胆力さえあれば、洗面器で充分貫徹出来ると僕としては考えたのですがねえ」
 万太郎は一応、話しの性質から苦った表情をするのでありました。あゆみは万太郎の説明に思わず口に手を当てて吹くのでありました。
「でもダメだったわけね?」
「顔を浸けても苦しくなると竟、どうしても顔を上げて仕舞うのです」
 万太郎が情けなさそうな表情をすると、あゆみはまた吹くのでありました。
「で、諦めたのね?」
「そうです。考えたら、女にフラれたくらいで自殺するなんと云うのは、大の男のする事じゃありません。第一洗面器で死んでも、死んだ気がちっともせんめんき。・・・」
 万太郎はそう云った後、実に下らない駄洒落だと自ら眉を顰めるのでありました。
(続)
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