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お前の番だ! 445 [お前の番だ! 15 創作]

 花司馬教士は万太郎にニヤリと意味有り気な笑みを投げかけるのでありました。万太郎はもうこれ以上取りあわないと云う意志表示の心算で、座卓に広げた書類に目を落として、事務仕事に没頭するようなふりを装うのでありました。

 食堂であゆみが万太郎に菓子折りを手渡すのでありました。
「はいこれ。万ちゃんの好きなお菓子でしょう?」
 道場の休みである月曜日の午後で、食堂に現れたあゆみはコーヒーを飲んでいる万太郎の向いの席に腰を下ろすのでありました。是路総士とあゆみはその日の昼過ぎに、九州への出張指導から調布の総本部道場に帰着したのでありました。
 二人は、昼食は羽田空港で済ませてきたと云う事で、万太郎と来間に出迎えの挨拶を受けた後は、夫々の部屋に引き取って旅の荷を解くのでありました。その間万太郎と来間は食堂で簡単な昼食を摂って、来間はその後映画を見に行くと云うので新宿に出かけ、万太郎は特にやる事もないので、食堂で自らコーヒーを淹れて寛いでいたのでありました。
「おや、誉の陣太鼓、ですね」
「そう。万ちゃんのお母さんに、万ちゃんがこれが殊の外好きだと伺ったものだから、お土産にと思って買ってきてあげたの」
「これはどうも有難うございます」
 万太郎は恭しくあゆみにお辞儀するのでありました。「そう云えば九州の出張指導で、熊本にも行かれたのでしたよね?」
「そう。その時、人吉から万ちゃんのお父様とお母様、それにお兄様がご挨拶にと、あたし達が泊まっている熊本市内のホテルまで出向いて来てくださったのよ」
「ああそうでしたか。そのために時間を取って下さって有難うございました」
 万太郎はもう一度あゆみに深いお辞儀をするのでありました。
「ううん。折角熊本に来たからと思って万ちゃんのお家に挨拶の電話を入れたのよ。そうしたら態々ご足労をおかけする事になって、こちらこそ申しわけなかったわ」
「兄貴が結婚して今熊本市内に住んでいますから、そこに来る序もあったのでしょう」
「そんな事をおっしゃっていたわ。お父様もお母様もお兄様もお元気そうだったわよ」
「ああそうですか」
 万太郎は余り興味がなさそうに無愛想に応えるのでありましたが。これは身内の事は努めて隅に置くと云う、一種の取り立てる程の無意もない礼儀からでありますか。
「お父様もお母様も、話していてとても面白い方だったわ」
「田舎者ですから、総士先生に失礼な事なんか云わなかったでしょうかね?」
「ううん。お父さんもご両親がお帰りになってから、久しぶりにほのぼのした、なんて云っていたわ。それから何となくお父様の話しぶりが万ちゃんにそっくりだってさ」
 そう云われても万太郎としては嬉しいような嬉しくないような、妙に複雑な思いがするのでありました。それに何やら、あゆみに自分のお里が知れて仕舞ったような心持ちになって、恥ずかしいような心持ちも秘かにするのでありました。
(続)
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