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お前の番だ! 443 [お前の番だ! 15 創作]

「宇津利は専門稽古生でしたから内弟子の堂下とは違って、こちらに移ると決めるのにもそんなに煩悶はなかったでしょう。アイツは少しお調子者でもありますから、目の前に来た潮の流れに、こりゃ好都合とサラリと乗ったと云うところでしょうかな」
 これは花司馬教士が宇津利を悪く云っているのではなくて、旧知の間柄であるための遠慮のなさと云うものでありましょうか。
「取り敢えず、堂下が向こうでそれなりに居場所があって溌剌とやっていると云うのなら、それはそれで結構な事ですし、僕があれこれ心配する必要はないでしょうね」
「まあ、先の事は判りませんがね」
 花司馬教士はそう云って顔を曇らせるのでありました。「さて、ところで・・・」
 花司馬教士が急に顔の陰影を晴らすのでありました。万太郎はこの花司馬教士の表情の急変に、思わず自分の顔の陰気も払い落とされて仕舞うのでありました。
「さて、ところで折野先生、ご結婚相手なんかは未だいらっしゃらないのですかな?」
 唐突にそんな事を訊かれて、万太郎は目を白黒させるのでありました。
「何ですか、藪から棒に?」
「いやあ、昨日ウチの女房からメシの時に偶々そんな話しが出ましてね、そう云えば折野先生は浮いた話しが何にもないなあと思ったものですからね」
 花司馬教士は職務質問をする刑事みたいに、相手の表情の微細な変化も見逃すまいとするような目をして万太郎の顔を窺うのでありました。
「そんなもの、居るわけがないじゃありませんか」
 万太郎はそう云いながら、何故かオドオドと花司馬教士から目を逸らすのでありました。別にオドオドする必要もない筈ではないかと、思わずそうして仕舞った自分を少し歯痒く感じるのでありましたが、相手の不意打ちに対して動揺を覚えるようではプロの武道家として失格かなと、そんな事なんぞを頭の隅の方で秘かに考えるのでありました。
「いやあ、その顔は、確かに意中の人が居ると云う顔ですな」
 花司馬教士は如何にも意地悪そうな笑いを口元に湛えるのでありました。万太郎は護身に失敗した己の武道家としての不手際を恥じるのでありました。
「まあ、いない事もないですが。・・・」
 こうなったら潔く負けを認めるのも、武道修行者の態度でありますか。
「ほう。それは自分の知っている人ですか、それとも全く知らない人ですか?」
 花司馬教士は畳みかけるのでありました。
「いやまあ、良いじゃないですかその辺は。・・・」
 万太郎はとても潔いとは云えない返事なんぞをするのでありました。そう云えば剣士郎君の誕生祝に呼ばれた花司馬教士宅からの帰りに、ふらりと二人でと散歩した実篤公園でもあゆみにもそんな事を訊かれたのを思い出すのでありました。
 その時は、云わぬが華、とか何とか思わせぶりな事を云って万太郎は曖昧に逃げたのでありましたか。しかし相手が花司馬教士であってみれば、あの時のあゆみのように、それ以上の根掘り葉掘りの追及を止してくれるかどうか。・・・。
(続)
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