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お前の番だ! 442 [お前の番だ! 15 創作]

 万太郎は眉宇を曇らせるのでありました。それからふと、未だ興堂流に残っている堂下善朗の事を考えるのでありました。
 堂下は興堂派時代には、神保町の道場に出稽古に行った万太郎に弟のように懐いていたのでありましたが、興堂範士の葬儀の折に少ない言葉を交わして以来、今まで顔をあわせる機会も全くなかったのでありました。板場が今次興堂流を辞める仕儀となって、堂下も少なからぬ動揺があるでありましょうし、向後どうする心算なのでありましょうか。
「板場先生は、堂下の事は何かおっしゃっておられませんでしたか?」
 万太郎は一緒に眉宇に陰鬱を宿している花司馬教士に訊ねるのでありました。
「堂下は板場と違って新しく来た空手崩れや柔道崩れの連中とも、それなりに睦まじくやっているようですが、つまりそれも板場が孤立した要因の一つでしょうね」
「新しい環境にも、無難に適応していると云うところでしょうかね」
「堂下は処世に然程不器用なところがありませんでしたから、宗家にも適当に懐いて、技法の変化なんかにもあんまり抵抗なく溶けこめたのでしょうね。それに神保町時代からの生き残りですから、道場ではそれなりに持て囃されてもいるようです」
「へえ、そうですか」
 万太郎はそう聞いて、何やら堂下が自分の居る場所からかなり遠くの方に行って仕舞ったような気がして、一抹の寂しさを覚えるのでありました。しかし堂下にしてみれば、威治宗家の下を離れて自立するには年季も浅いし、技術に於いても門下生達の心服を未だ充分に得られてはいないだろうから、この先も武道の世界で生きていこうとすれば当面、変化した環境に何としても適応するしか術はなかったと云うものでありましょうか。
「堂下は道分先生の薫陶を受けた期間も板場程長くはありませんでしたから、気持ちの切り替えも、常勝流に対する思い入れなんかも己の中で上手に処理出来たのでしょう」
「僕は、堂下は威治宗家が常勝流から独立を選んだ時点でそちらを辞めて、あっさりこちらに移って来るものとばかり推測していたのですがねえ」
「まあ、威治宗家が新しい状況の中で心細くなって、子飼いのような堂下を手放さなかったと云うのもあるでしょう。板場は結局それに何とか逆らったけれど、堂下の方は威治宗家に頼みとされたなら、それはなかなか逆らえませんからねえ」
「しかし堂下はそれ程、威治宗家に心服しているようではありませんでしたが」
「心服はしていなくとも、窮地に在る総大将に頼りとされたら、無下に袖にするわけにもいきませんから。まあ、堂下はあれで案外人の好いところがありますからね」
「ああそうですか。・・・」
 要するに堂下は威治宗家に頼りとされたと云うよりは、上手く利用されたと云う面が大きいと云う事でありましょうか。威治宗家の事でありますから状況が変われば無情に、しかも簡単に堂下を切って仕舞うような真似も仕出かすかも知れないでありましょう。
「そう云えば堂下は、折野先生に結構懐いていましたよね」
「そうですね。今ウチに移っている宇津利と二人、僕と歳が近いと云う事もあって、神保町に出稽古に行った折には結構親しく言葉を交わしていましたね」
(続)
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