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お前の番だ! 436 [お前の番だ! 15 創作]

 確かそれで以ってあゆみが狸か狐か貉か或いは人間かと云う疑問が到来して、万太郎は少々悶々としたのでありましたか。ええと、あれは何の話題でありましたかなあ。
「万ちゃん、急に黙ってどうしたの?」
 あゆみが万太郎の顔を少し上目で覗きこむのでありました。
「ああ、いや別に」
 万太郎は見返すと、間近に迫っていたあゆみの顔にたじろいで頭を慌てて後ろに引くのでありました。思わず心臓が高鳴り出すのでありました。
「そう云えば前にもあたし、意中の人があるかどうかって訊かれた事があったわ」
 あゆみが腰を延ばして万太郎と同じ前に向き直りながら云うのでありました。
「ああ、実は僕もその事を考えていたのです。あれは何時でしたかねえ」
「ほら、亡くなった道分先生が急に一人でウチに来て、前に持ちこんでいたあたしと威治さんとの縁談話しは、勝手ながらなかった事にしてくれって云ってきた日よ。まあ、あたしが鳥枝先生にそう訊かれたのは、道分先生が帰った後だったけど」
 そう聞いて万太郎は思い出すのでありました。それは是路総士と鳥枝範士と寄敷範士、それに万太郎と当のあゆみも交えて、先に興堂範士が威治宗家、当時は興堂派の教士でありましたが、まあ兎に角、その人を伴って総本部道場に現れて、あゆみと威治教士との縁談を申しこんだ件で、どう云う対処をするべきかと話しあっていた折りでありました。
 その最中、突然興堂範士から電話があって、これから行くと告げられるのでありました。誰も付人を連れずに一人で現れた興堂範士は、急転直下、先に申しこんだあゆみと威治教士との縁談を御破算にしてくれとその場で申し入れるのでありましたが、興堂範士はそれから間もなく、出張指導先のハワイであっさりと急逝したのでありました。
「ええと、あの時、道分先生が帰った後で、あゆみさんに意中の人がいないのかどうか訊いたのは、僕ではなくて鳥枝先生でしたっけ?」
「そうよ。鳥枝先生に訊かれたのよ。万ちゃんじゃなかったわ」
 どうやら万太郎はその辺の記憶に勘違いがあるようでありました。まあ、粗忽者でありますから、そう云った迂闊も仕出かそうと云うものであります。
「鳥枝先生にそう訊かれてその時も、あゆみさんは今と同じ、いない事もない、なんと云う返答をされたのでしたよね?」
「ううん。何も返事しなかった筈よ。多少のげんなりもあったから、曖昧に笑っただけ」
 おやおや、これも万太郎は思い違いをしているようであります。「あたしがただ笑って何も喋ろうとしないものだから、何も云わないところを見るといない事もないと云うところか、なんて鳥枝先生が臆断であたしに云ったのよ」
「ああ、そうでしたかねえ。僕はてっきりあゆみさんがそう云ったのだと、今の今までずうっと思っていました。それで狸と狐と貉と人間の問題が出現したのだと」
「何、狸と狐と貉と人間の問題って?」
 あゆみがまた万太郎の方に顔を近づけて訊くのでありました。万太郎はまたもや怯んであゆみの顔が近づく分、頭を後ろに引くのでありました。
(続)
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