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お前の番だ! 427 [お前の番だ! 15 創作]

「ああ、そう」
 あゆみもしれっと聞き流すように受け応えるのでありました。
「尤も、あゆみさんに可愛がられる、と云うのは、つまり稽古で手厳しくシゴかれると云う事になりますかね、僕の場合は」
「そう云えば万ちゃんが入門したての頃は、シゴくと色々面白い反応をしていたけどね」
 あゆみはそう云って思い出し笑いをするのでありました。「構えでもちょっとした所作でも、手足の位置とか肘の緩み具合とか足幅とか、前足と後ろ足に乗る重心の比率とか、一々細かく注意し続けると、万ちゃんは段々体が固くなっていって、顔まで連動して固くなっていって、竟には全身固まって、目を白黒させながらあたしを見ていたわね」
「あの頃のあゆみさんは表情一つ変えずに高度な要求をする、鬼のような先輩でした」
 万太郎も懐かしそうに笑うのでありました。
「それがいつの間にかあたしの方が色んな面で後れを取るようになっちゃって、今では体術も剣術も指導も、あたしの方が万ちゃんの域に追いつこうと目を白黒させているわ」
「良く云いますよ。あゆみさんは今でも僕の手本なのですから」
「今のその言葉は、姉弟子に対する労わりとして聞いておくわ」
「いや、本当ですよ」
 万太郎は少しムキになるのでありました。その万太郎の顔を、三月の少しは春めいてきた風が緩く撫でて通り過ぎるのでありました。
 玄関のドアを開けると、花司馬教士と剣士郎君が出迎えてくれるのでありました。花司馬教士は普段着のシャツにスラックス姿で、剣士郎君とお揃いの、白い、左胸に赤い毛糸でイニシャルの入ったカーディガンを着ているのでありましたが、これは屹度奥さんがお揃いで作ってくれたものであろうかと万太郎は想像するのでありました。
「これはこれは両先生、お忙しいところを良くいらしてくださいました」
 花司馬教士はそう云って玄関に立つ二人に律義にお辞儀をするのでありました。頭を下げる時に横に立つ剣士郎君の頭に手を遣って一緒にお辞儀をさせるのでありました。
「これはこれは」
 剣士郎君は頭を下げさせられる時に花司馬教士の真似をするのでありました。
「ささ、どうぞお上がりを」
 花司馬教士が手先を家の中に向けて、あゆみと万太郎を奥に誘うのでありました。その仕草に万太郎は、前に神保町の興堂派道場にあゆみと一緒に何度か出かけた折に、玄関先で奥に通るように勧めてくれた以前の花司馬教士の姿を重ねるのでありました。
 剣士郎君は靴を脱いだあゆみの手を取って、早速中へ引っ張っていくのでありました。あゆみの来訪が嬉しくて仕方がないと云った様子であります。
 奥のダイニングでは花司馬教士の奥さんが作り立ての料理を和室の方に運んでいるのでありました。挨拶もそこそこに、すぐにあゆみがその手伝いを始めるのでありました。
「剣ちゃんも手伝って」
 あゆみはそう云って小さな皿を剣士郎君に持たせるのでありました。
(続)
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