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お前の番だ! 416 [お前の番だ! 14 創作]

 中には万太郎を年季も歳も格下と、初めから見下して接する支部長もいるのでありました。出張指導に是路総士ではなくまた鳥枝範士でも寄敷範士でもなく一介の教士風情がやって来たのが、軽んじられているようで気に入らないと云う事でありましょう。
 こんな場合は組形稽古後に決まって万太郎に乱稽古を挑んでくるのでありました。流石に遠慮から支部長と試合うのは憚られるのでありますが、道場の古手で強面の門弟をあっさり抑えたり投げ飛ばして見せれば、大抵は万太郎の並々ならぬ技量に驚嘆して、支部長以下意外に素直に万太郎に畏敬の視線を注ぐようになるのでありました。
 常勝流指導の常道から見れば、なるべくなら乱稽古は避けたいのでありました。しかし初めて行く指導先では論より証拠と云うところもあるにはあると、万太郎は鳥枝範士に前以てこっそり助言されていたと云う事もありましたから、ここは一つその鳥枝範士の助言を尊重させて貰った、と云うような次第となるのでありましょうか。
「折野、但しその場合、圧倒的に勝たなければならんぞ」
 鳥枝範士はそう云ってニヤリと笑うのでありました。「総本部の内弟子であるからには組形稽古も乱稽古も、体術剣術に限らず門下の他の者よりも豊富に、しかも厳しく仕こまれているのだから、誰に挑まれたとしてもよもや不覚は取らないだろうが、しかし辛勝と云うのでは説得力に欠ける。そこは圧倒的に勝たなければ無意味なのだからな」
「圧倒的に勝つ、のですか?」
「そうだ。しかし気絶とか怪我をさせるような技をかけるのではないのは判るな?」
「結果の強烈さではなく、技をかける過程で技量の差を見せつけると云う事ですね?」
「そうだ。投げる前に、これは全然叶わんと畏怖させるような圧倒だ」
「若しもそう云う場合があれば、努めてみます」
「ま、何時もの稽古相手とは違う相手と乱稽古するのも、良い修行になるだろうよ」
 鳥枝範士はそう云って万太郎を送り出すのでありました。
 とまれ、こうして是路総士、鳥枝範士と寄敷範士、それに万太郎が出張指導の主要員となって新加盟支部を回るのでありました。是路総士は大分良くはなったとは云え腰に問題を抱えているし、鳥枝範士も寄敷範士も体の事を何も気にせずに飛び回れるような歳でもないので、畢竟万太郎が最も目まぐるしく動き回る事になるのでありました。
 それに三先生には必ず助手がついて行くのでありましたが、万太郎の場合は一人で先方を訪うのが常でありました。勿論、指導に行くのでありますが、万太郎は何やら昔の諸国行脚の兵法修行者のような心持ちもして、実は多少愉快ではあるのでありました。
 九州に行った折には、熊本の実家にもちらと立ち寄る事が出来たのでありました。
「お前もぼちぼち嫁ば貰うても良か歳ばってん、その辺はどぎゃんなっとるとやろか?」
 と云う母親の質問には閉口するのでありました。
「総士しぇんしぇいの誰か良か人ば紹介してくださらんとか?」
 父親が母親の質問に同調するのでありました。
「どぎゃんもこぎゃんも、未あだ一人前になっとらんとやけん無理たい」
 万太郎はそう返事してほうほうの態で熊本を後にするのでありました。
(続)
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