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お前の番だ! 393 [お前の番だ! 14 創作]

「ま、確かに、それも一方の正論ではありますかな」
 会長はここで一旦、満更自分が話しの全く判らない人間ではないところを見せて、なかなかに懐が広い辺りを示そうとするのでありました。「しかしこの威治君とてお父さんから今まで厳しい稽古をつけて貰って、まあ未だ途上かも知れませんが、立派な後継者として立とうとしているのです。もっと温かい目で見てやっても良いのではありませんか」
「勿論、威治君が興堂派の後継者として道分さんの遺志を継ぐ気があるのなら、こちらも大いに後援したいところですが、今の威治君の稽古のやり方とか、支部への態度を見ていると、何やら道分さんの遺志とはまるで違う方に顔が向いているように見えます」
 今まで黙っていた是路総士が鳥枝範士に代わって云うのでありました。こちらの方が少しは話しがし易いかと踏んだのか、会長は是路総士の方に顔を固定するのでありました。
「総士先生は威治君を前から知っておられるから、それは未だお眼鏡に叶わないところもあろうけど、先代の興した興堂派をより立派にしたいと一心に思っている点は、充分お判りになっておられるでしょう。先程そこの鳥枝さんが云っていたけれど、道分先生の進取の精神の継承と云う事で、もう少し目線を緩めて見守っていただくと有難いですなあ」
「しかし、事には程と云うものがあります。一心の思いからだとしても冷静に程を弁えていないと、徒に多方面との間に摩擦を引き起こして、結局遺志を裏切る事にもなります」
「今が、総士先生の云われたような、威治君の危うい時期なのではないでしょうかな?」
 これは寄敷範士がこの場で初めて喋る言葉でありました。「畏れながら云わせて貰えば、会長さんの職務はそこを見極めて威治君を冷静にサポートする事と愚考しますがね」
「まあ、常勝流について知識も稽古経験も興味もないから、出来ない相談かも知れんが」
 鳥枝範士が無愛想な顔で、挑発的な事をまたすぐその後に云い添えるのでありました。
「こうやって聞いていると、お三方は威治君を全く評価してはおられないようですな」
 会長が憤然とした様子を見せるのでありました。「しかし威治君はお父さんと二人だけで、普通の稽古以外に色々と厳しい跡継ぎとしての体術等の稽古を積んできた男ですよ」
「ほう、そんな事は初めて聞いた。それは道分先生にお聞きになったのですかな?」
 鳥枝範士は大袈裟に驚いて見せるのでありました。
「いや、威治君本人から聞いた事です」
 会長はそう云って隣に座る威治筆頭範士を見るのでありました。しかし威治筆頭範士は俯いたままで頭を持ち上げないのでありました。
「おい威治、お前道分先生から何時、二人だけで稽古をつけて貰っていたんだ?」
 鳥枝範士が片頬にからかうような笑いを作って、詰問口調で問うのでありました。
「・・・まあ、その日の稽古が全部終わった後とか、道場が休みの日とか、・・・」
 威治筆頭範士はそう云う時だけ上目遣いに顔を起こしているのでありましたが、云い終るとすぐにまた下を向いて仕舞うのでありました。
「お前、稽古が終わると誰よりも早く道場から逃げるように退散して、仲間と何処かに遊びに行っていたんじゃなかったか? 前に道分先生がお前のそんな了見を、よく零していらしたぞ。彼奴は厳しい稽古が世の中で何よりも億劫らしい、とな」
(続)
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