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お前の番だ! 392 [お前の番だ! 14 創作]

「もうそのくらいで結構ですよ」
 竟に会長の我慢の限界が訪れるのでありました。「貴方がそうやって独擅場に喋り散らしても、私に云いたい事が何なのかさっぱり判りませんねえ」
「つまりですなあ、創意工夫、なんと云う言葉は、今の話しで紹介したような、人に倍する努力と、秀でた先見性と、それを消化出来るだけの論理能力を後ろに秘めていて初めて使える言葉であってですなあ、そこの憖じいにしか稽古もしてきていない、常勝流の稽古をさして好きとも思われぬ、盆暗二代目如きに当て嵌まる言葉ではないと云う事ですな」
 鳥枝範士はそう云い放って威治筆頭範士を睨むのでありました。その眼光の強さに思わずたじろいで、威治筆頭範士は怖じ々々と下を向くのでありました。
「他派の筆頭範士に向かって、それは云い過ぎでしょう」
 会長は鳥枝範士の眼光の強さに呑まれたように、只管怯んだ様子の隣に座る威治筆頭範士に苛立ってか、一人で声を荒げるのでありました。
「他派の筆頭範士だか何だか知らんが、常勝流の中ではワシの後輩弟子には違いない。兄弟子弟弟子、先輩後輩の間柄は武道界にあっては厳に尊重すべきものでしてな、稽古もした事がない会長さんには判らないかも知れないが、その辺は弁えているよな、威治?」
 鳥枝範士にそう声をかけられて威治筆頭教士は上目で反射的に鳥枝範士を見てから、またすぐに下を向くのでありました。その仕草はまるで頷いたように見えなくもないのでありましたが、まあ、頷いたわけではないでありましょう。
「私が、創意工夫、と云ったのは」
 会長が仕切り直すのでありました。「何でも試してみると云う事で、それも丸きり無意味ではないでしょう。若し間違いだと判ればすぐに改めれば良いだけですからな」
「その間違った試みで、無駄に時間を取られる門下生の方は堪ったものじゃない」
 鳥枝範士は一歩も引かぬのでありました。「これまでの長い常勝流の稽古の中で自ずと、それに当代是路先生のご努力で創意工夫された、最も合理的で、最も効率的な稽古法が確立されていると云うのに、その地道な稽古法が嫌さに、大向うに迎合してお手軽にスポーツ感覚を持ちこむのは、常勝流の技法を崩す行為に他なりませんな」
「しかし、普及と云うところでは、そう云う稽古法もあるのじゃないでしょうかね?」
「崩れた技法を普及して、一体何の意味があると云うのでしょうかな?」
 鳥枝範士は会長の言を歯牙にもかけないような云い草をするのでありました。
「底辺を広げると云う事にはなるでしょう。常勝流を愛好する人が増えて、その中から本格的に稽古したいと云う者が現れれば、それはこちらの正真正銘生一本、ガチガチの正統派一本槍を気取る総本部で稽古しようと云う者も出てくるでしょう。そうなればこちらにも入門者が増えると云う事になって、大いに結構な事ではないですか」
 会長はやや揶揄の色あいを籠めた口調で云うのでありました。
「人数だけを只管集めるのが底辺の拡大とは思えませんな。そうやって広がった底辺の、間違った了見を正すのはこちらに圧しつけると云うのは、慎に無責任な話しですな」
 この鳥枝範士の言葉に、会長はほとほと辟易したような顔をするのでありました。
(続)
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