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お前の番だ! 391 [お前の番だ! 14 創作]

「まあまあ、少しお待ちなさいよ」
 そこまで聞いて、会長が掌を鳥枝範士の前に突き出して見せるのでありました。「そんな御託を聞きたいのではなく、創意とか工夫とかは必要ないのかと訊いているのですよ」
「御託ですと? ・・・まあ、良い。だからそれにお応えするために、態々懇切丁寧に喋っておるのです。そもそも会長さんは常勝流の稽古をしたことがおありなのですかな?」
「いや、実技の方は財団会長の職分とはまた別ですからねえ」
 会長は、それがどうした、と云うような、ふてた云い方をするのでありました。
「ああそうですか。別に財団会長だからって稽古をしてはいかんと云うわけではないのだから、常勝流の理解のためにもおやりになっては如何ですかな。まあ、それは兎も角として、ならば常勝流興堂派の会長であるのだから、常勝流と云う武道の考え方とか、道分先生が如何に修行してそれを身につけられたかとか、ちゃんと勉強されたのですかな?」
 会長は不機嫌そうに、首を縦に動かさずに鳥枝範士を睨むのでありました。
「勉強されていないようなら先ず、創意や工夫と云うものが常勝流にとって如何なるところにあるのかを理解するためにも、ワシの話しを仕舞までお聞きにならんといけませんな。お気軽に浮世の義理だけで、事の序に会長職を引き受けられたのではありますまい?」
「当たり前です」
 会長の言葉つきには不機嫌さがいや増しているのでありました。
「いいですかな、そもそも常勝流という武道は幕末の剣士であった是路殷盛先生を開祖として、この殷盛先生が剣術の理合いを元にそれに創意工夫を加えられて体術の体系を編み出され、それを明治初頭に常勝流として世に出された武道なのです。ところで今の話しの中で、ワシが、殷盛先生の創意工夫、と云ったところに先ず注意していただきたい」
 鳥枝範士はそう云って咳払いをするのでありました。「このようにして創始された常勝流も、昔は徒に強さを競った時代もあったが、それでは身体能力の高い者は伸びるが、習う大方の者が身につけるというわけにもいかん。依って当代是路総士先生が宗家となられてから、常勝流の稽古体系に理論的で、運動学的方法論に裏打ちされた創意工夫を加えられて、出来るだけシンプルに、出来る限り個別合目的的に、出来る限り普遍的に、万人の納得出来る、極めて魅力的なる一大体系として大いなる努力の末に整理されたのです。この話しの中でもワシが、創意工夫、と云う言葉を使ったのを再度注意していただきたい」
「要するに何を云いたいのです?」
 会長は鳥枝範士の長広舌に辟易したといった表情をして見せるのでありました。
「まあ、そう苛々しないでもう暫く黙ってお聞きなさい」
 鳥枝範士が落ち着き払ってこう云うのは、あくまでもこの後も暫くは滔々と弁を展開し続ける心算のようであります。「この当代総士先生のご努力の甲斐あって、常勝流は数ある古武道の中でも秀でて門下生が多い、秀でて現代的な理論性を有した武道と変貌したのです。云わば一古武道が現代的存在意義を獲得したのです。さてこの現代性とは、・・・」
 鳥枝範士のこの、意識的にそうしているのであろうまわりくどい話しは、これから興堂範士の、創意工夫、の逸話等も織り交ぜて、未だ々々当分の間続くのでありました。
(続)
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