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お前の番だ! 387 [お前の番だ! 13 創作]

「道分先生は総士先生に対して、後ろめたい思いがずっとあったろう。自分はあくまでも常勝流総本部道場の一範士であって、総士先生の下で武道を為していく心算でいたにも関わらず、独立して総本部から自由になった方が色々な可能性が開ける、とか指嗾するヤツ等が大勢、道分先生の周りにはいたんだ。そんな奴原はその方が道分先生を自分たちの自由に動かせるから、これは商売になるかも知れないと、大方そんな魂胆だったろうよ」
 鳥枝範士が後を引き取るのでありました。「道分先生はそんな奴等の魂胆が判ってはいただろう。しかしまあ、恩義ある後援者の大方がそう勧めるから逆らえなかったわけだ」
「その辺りの事情は総士先生も充分お判かりになっていた」
 今度は寄敷範士が後を続けるのでありました。「だから総士先生は道分先生の独立を、何もおっしゃらずにあっさりとお認めになったんだ」
「まあ、そんなにあっさりとはしてはいなかったのですがね、本当は」
 是路総士はそう云って笑うのでありました。「道分さんの独立が常勝流にとってどう作用するかは未知だったし、代々の宗家に対して申しわけが立つかどうかと、あれこれ煩悶はしましたよ。しかし独立すると云うのを強いて止めても結局は詮ない話しでしょうし」
 万太郎は興堂範士の独立の経緯を聞いて、成程と納得するところがあるのでありました。どだい、どうして同じ常勝流を名乗っているのに、興堂範士が独立した会派を率いているのかが、実際のところ万太郎には上手く呑みこめていなかったのでありました。
 要するに興堂範士が常勝流総本部の一範士でありたくとも、周りがそんなところに収まっているのを許さなかったと云う事でありましょう。興堂範士の贔屓筋にしてみれば、幾ら宗家の血筋とはいえ、書道の楷書のような、大衆受けしない技に拘る是路総士よりも、遥かに興堂範士の方が光彩を放っているように見えていたのでありましょう。
 ならば何時までも是路総士の風下に立って、宗家を盛り立てる役目に甘んじている必要なんかはないと云うものであります。それよりもこの際きっぱりと独立して常勝流宗家の影響から自由の身になる方が、興堂範士の更なる社会的飛躍が得られるだろうと考えるのは、まあ、是路総士の云い草ではないけれど、宜なるかな、と云うところでありますか。
 で、興堂範士は結局独立の道を選んだし是路総士はそれを、内心の煩悶は別にして、快く許したと云う体裁が現出したと云う事でありますか。円満に事を収めたが故に、その後も是路総士と興堂範士の繋がりは切れる事なく続いたのでありましょう。
 是路総士に煩悶があったと同じく、当然興堂範士の方にも、是路総士に対する負い目が生じた事は想像出来るのであります。だから興堂範士は決して是路総士を軽視する事なく、寧ろ独立前よりも恭しく、律義に矩を超える事なく接したと云うのは、興堂範士の飄々としていながらもしっかり義を守るその性格から、これも想像に難くないのであります。
 常勝流興堂派として独立はしたものの興堂範士があくまで、常勝流、と云う流名を棄てなかったのは、自分が先代宗家から受けた薫陶や、当代是路総士から施された恩恤を忘れないための自戒であり、自分の出自を隠す事なくはっきり表明する心胆がそこにあったと万太郎は思うのでありました。是路総士もその興堂範士の言葉に表す事のない健気な心根に感じて、麗しくも前よりも一層の敬意を以って接したと云う経緯でありましょう。
(続)
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