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お前の番だ! 379 [お前の番だ! 13 創作]

 是路総士はそう云って茶を啜るのでありました。「私は形式的にしろ威治君の後見を頼まれてもいるから、目に余る脱線があればそれを諌める責任はある。しかしどうせ意見するのなら、事態が窮まる直前、と云うところを狙った方が、効き目があるだろうよ」
「事態が窮まる直前、と云うのはどういう状況なの?」
「事が思うように推移しないで、威治君が自分のやり方に自分で疑問を感じ出した辺り、と云うところかな。そう云う時期ならひょっとしたら、私の意見でも聞く気になるだろう」
「その時期がちゃんと判るかしら?」
「そのために鳥枝さんや花司馬君や、先程の折野の情報なんかが重要になる。情報を丁寧に積み重ねていると、今までとの違和の兆しが必ず見えてくる」
 これは武術家として、と云うよりは武略家としての是路総士の側面でありましょう。常勝流を本質を失わないようにしながら戦後に応変させて、今日の興隆を導いたその手腕等は正に、是路総士の優れた武略家としての才の表れでありましたが、若し是路総士が戦国時代に生まれていたら、大した軍師となった事であろうと万太郎は思うのでありました。
「僕等が短気にあれこれ気を揉むよりも、総士先生のお考えにすっかりお任せする方が、間違いがないと僕は思いますよ。だから我々はそれに資するような情報収集に徹して、それを逐一総士先生にお伝えすれば良いのではないでしょうか」
 万太郎はそう云ってあゆみに確信有り気に頷いて見せてから、居間に未だ居座っている来間の方に顔を向けるのでありました。「だから来間、気持ちは察するが、総士先生に情報をお伝えしても、お前の短慮な意見は持ち出すな。総士先生にとっては煩わしいだけだ」
「押忍。判りました」
 来間はそう云って少し悄気たような顔で立ち上がるのでありました。
 鳥枝範士の集めた情報、それから興堂派から移って来た門下生達の情報で大概を組み立ててみれば、どうやら威治筆頭範士は総本部の常勝流の在り方とは全く違う方向に踏み出す魂胆のようでありました。それはもう武道と云うよりは格闘術或いは格闘競技と呼ぶべきものでありましたが、かと云ってその総帥たる威治筆頭範士が、様々な格闘術に通じていて、それを一定程度極めているとは、万太郎には到底思えないのでありました。
 威治教士は瞬間活殺法の先生やら内弟子落伍者を招聘する他に、空手や柔道やレスリング等から人を集めているのでありました。これらの人は其界の指導者クラスと云うのではなく、どちらかと云うと異端の方に属する者達のようでありましたから、瞬間活殺法の先生同様、何となく胡散臭くて如何わしいと云えなくもない連中のようでありました。
 それで以ってこの連中に常勝流の乱稽古を俄か仕込みに仕込んで、残った門下生達と試合稽古をさせているようでありました。その目論む先は確とは見えないのでありますが、何やら荒涼たる武道的風景が広がっているようにしか万太郎には思えないのでありました。
 古い門下生がゴッソリ抜けた後には、それを補うと云うには貧弱ながら、この威治筆頭範士のやり方に新味を覚えるのか、或いは興堂範士の威名を、もう手遅れと云える程遅蒔きながら慕ってか、新入門者がボチボチと来るようでありあました。新しい入門者は興堂範士が既にこの世にはなく、二代目が後を継いでいる事すら知らないようでありました。
(続)
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