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お前の番だ! 376 [お前の番だ! 13 創作]

「称号に関係なく黒色木綿の馬乗り袴、と云うのではないんだ?」
「前はこちらと同じでそうでしたが、心機一転と云うところでしょうか。まあ、若先生、じゃなかった、筆頭範士の趣味と、自己顕示のためと云うのが変えた狙いでしょうが」
 宇津利はまたも揶揄の憫笑を頬に浮かべるのでありました。
「すると、準内弟子扱いの者は何色の袴を穿くのでしょうかね?」
 これは準内弟子の山田の質問でありました。
「それ以外の者は、袴を着用しません」
「剣術稽古の時も穿かないのですか?」
「いや、さっきも云ったように、剣術稽古なんかしませんから」
「ああ成程、そう云う事か」
「それよりも、稽古の始めと終わりに一同揃っての礼をしないというのが、自分は気になりますね。武道は礼に始まって礼に終わると、世間でも知られているじゃありませんか」
 これは来間の感想でありました。
「前から若先生、じゃなかった、筆頭範士は礼儀作法が苦手な人でしたからね。まあ、それにしては自分に対する他人の礼儀の方は、前もやけに重んじられていましたけれど」
 宇津利は興堂派と縁を切った故か、威治教士、じゃなくて、威治筆頭範士に対して、なかなか辛辣な当て擦りを連発するのでありました。
「礼を重んじないと云う事は、嘗て命の遣り取りのために創られた武技をこれから稽古するのだと云う、自分や相手に対する緊張感や寛恕の気持ちを養わないと云う事になるのではないですか? それは武道稽古の本質にとって危険な兆候であると思うのですが」
 来間はそう云って眉宇に憤懣の色を表すのでありました。
「あの筆頭範士が、そんな小難しい理屈を考慮しているわけがないじゃないですか。稽古生同士ざっくばらんに、時々冗談や頓狂な声なんかも飛ばしながら、ふざけ半分に楽しく稽古が出来るとなると、入門者も増えるんじゃないかとか云う浅はかな魂胆でしょうよ」
「そうなると、もう、武道、じゃありませんね」
「良いんですよ。世間の関心を集めるようなユニークな稽古が売りで、ごっそり減った門下生の数がまた元に復して、月謝がガンガン入るようになればそれで御の字なのですよ」
「技を追求しようと云う真剣な姿勢なんか、無意味と云う事ですか?」
「真摯な姿勢では儲かりませんからね。現に最近は、礼儀は煩く云われないし、堅苦しい組形稽古で細かい事を注意される事もないし、要するに勝てば良し、と云いうシンプルな考えの試合重視の稽古になったから、前より俄然面白くなった、とか云う古くからの門下生もいます。今の興堂派の本部道場では、稽古中に正坐をしている者なんか見ませんよ。小休止している者ははだけた道着を直しもしないで、胡坐か足を投げ出してだらしなく畳に座っています。自分なんかはそう云うのに嫌気が差して興堂派を辞めたわけですがね」
 万太郎はこの宇津利の話しを聞きながら、どうしたものか嘗てあゆみに横恋慕してフラれて総本部道場を辞めた、新木奈の事を不意に思い出すのでありました。そう云えばあの新木奈は、今頃どうしているのでありましょうや。
(続)
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