お前の番だ! 367 [お前の番だ! 13 創作]
「そんな人が指導をしているとなると、道分先生の今までの精進も報われないわね」
あゆみが洞甲斐氏本人の話題から、会話を本筋に戻そうとするのでありました。
「興堂派の門下生達の動きは、どうなんでしょう?」
来間がその筋に添って万太郎に訊ねるのでありました。
「宇津利が移籍したいと云いに来るようだから、内情は推して知るべし、だろうな。宇津利によると、殆どの門下生は失望していると云う事らしいし」
「まあそうでしょうね。若先生が一体どう云う将来の見取り図を描いているのか良く判りませんが、今の路線を続ける了見なら退会者が続出して、急速に先細りしていって、その内空中分解するのは目に見えているような気がしますが」
「まあ、それが大方の予想だろうな。しかしこれは他流の事だから、総本部があれこれ手出しするわけにはいかない。こちらとしては気を揉みながらも見守るしかない」
「しかし根は同じ常勝流ですし、向こうだって常勝流を会派の名前に冠しているのですから、総士先生の発言も一定程度は重んじられるのではないですか?」
「まあ、総士先生がどのようにお考えなのかは判らないが、しかし、あの若先生との間にはあんまり良い経緯はなさそうだからなあ」
こう云ってから万太郎は、これはちょっと余計な事を口走ったかしらと、あゆみの方をちらと窺い見るのでありました。この自分の言なんと云うものは、当然あゆみと威治教士の縁談話しが不調であった事を念頭にしているのでありましたから。
「それにしても、花司馬先生の事が気に懸かるわねえ」
あゆみが万太郎の発言をサラッと受け流すように云うのでありました。いや、受け流すように、と考えるのは万太郎の感触であって、実際あゆみは何もその万太郎の言に拘る意識もなかったかも知れないし、実は矢張り引っかかって、本当に受け流そうとしたのかも知れないのでありますが、まあ、機微に触れるような発言は控えるべきでありました。
「花司馬先生には味方はいないのですか?」
来間が万太郎の方を向いてそう訊くのでありました。
「理事の中にも、それに道分先生の後援者だった人の中にも、いない事もないだろうが、しかし会長の威光が頭抜けているからな。あの会長は海千山千の政治家らしいし」
「でも屹度近い内に、何か動きがありそうな気がするわ」
あゆみがそう云うと、万太郎も来間もしかつめ顔で頷くのでありました。確かにこの儘興堂派があっさり落ち着くとは、万太郎も到底考えられないのでありました。
あゆみの云った、動き、の一つとして、と云う事になるでありましょうが、数日経ってから花司馬筆頭教士が、稽古が総て終わった夜に総本部道場を訪ねて来るのでありました。その日総本部道場では鳥枝範士の指導の日であったから、師範控えの間に花司馬筆頭教士を招じ入れて、是路総士と鳥枝範士の二人が応接するのでありました。
万太郎は八王子の出張指導に出ていたので、帰ってみるとあゆみから花司馬筆頭教士が来ている事を告げられるのでありました。万太郎は急に胸騒ぎがするのでありました。
(続)
あゆみが洞甲斐氏本人の話題から、会話を本筋に戻そうとするのでありました。
「興堂派の門下生達の動きは、どうなんでしょう?」
来間がその筋に添って万太郎に訊ねるのでありました。
「宇津利が移籍したいと云いに来るようだから、内情は推して知るべし、だろうな。宇津利によると、殆どの門下生は失望していると云う事らしいし」
「まあそうでしょうね。若先生が一体どう云う将来の見取り図を描いているのか良く判りませんが、今の路線を続ける了見なら退会者が続出して、急速に先細りしていって、その内空中分解するのは目に見えているような気がしますが」
「まあ、それが大方の予想だろうな。しかしこれは他流の事だから、総本部があれこれ手出しするわけにはいかない。こちらとしては気を揉みながらも見守るしかない」
「しかし根は同じ常勝流ですし、向こうだって常勝流を会派の名前に冠しているのですから、総士先生の発言も一定程度は重んじられるのではないですか?」
「まあ、総士先生がどのようにお考えなのかは判らないが、しかし、あの若先生との間にはあんまり良い経緯はなさそうだからなあ」
こう云ってから万太郎は、これはちょっと余計な事を口走ったかしらと、あゆみの方をちらと窺い見るのでありました。この自分の言なんと云うものは、当然あゆみと威治教士の縁談話しが不調であった事を念頭にしているのでありましたから。
「それにしても、花司馬先生の事が気に懸かるわねえ」
あゆみが万太郎の発言をサラッと受け流すように云うのでありました。いや、受け流すように、と考えるのは万太郎の感触であって、実際あゆみは何もその万太郎の言に拘る意識もなかったかも知れないし、実は矢張り引っかかって、本当に受け流そうとしたのかも知れないのでありますが、まあ、機微に触れるような発言は控えるべきでありました。
「花司馬先生には味方はいないのですか?」
来間が万太郎の方を向いてそう訊くのでありました。
「理事の中にも、それに道分先生の後援者だった人の中にも、いない事もないだろうが、しかし会長の威光が頭抜けているからな。あの会長は海千山千の政治家らしいし」
「でも屹度近い内に、何か動きがありそうな気がするわ」
あゆみがそう云うと、万太郎も来間もしかつめ顔で頷くのでありました。確かにこの儘興堂派があっさり落ち着くとは、万太郎も到底考えられないのでありました。
あゆみの云った、動き、の一つとして、と云う事になるでありましょうが、数日経ってから花司馬筆頭教士が、稽古が総て終わった夜に総本部道場を訪ねて来るのでありました。その日総本部道場では鳥枝範士の指導の日であったから、師範控えの間に花司馬筆頭教士を招じ入れて、是路総士と鳥枝範士の二人が応接するのでありました。
万太郎は八王子の出張指導に出ていたので、帰ってみるとあゆみから花司馬筆頭教士が来ている事を告げられるのでありました。万太郎は急に胸騒ぎがするのでありました。
(続)
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