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お前の番だ! 364 [お前の番だ! 13 創作]

「早速今夜の一般門下生稽古から参加するか?」
 万太郎が笑顔でそう訊くと宇津利は遠慮がちに首を横にふるのでありました。
「いいえ、今日はこれで帰ります。未だちゃんと興堂派を辞めたわけじゃありませんから。辞めてもいないのにこちらで早速稽古するのは、如何にも慎みのないふる舞いだと思いますので。それに第一、今日は稽古着を持ってきていません」
 宇津利はそう云って万太郎にお辞儀して見せるのでありました。この宇津利の篤実さを、万太郎は大いに是とするのでありました。
「じゃあ、諸事綺麗に収めて、それから堂々とやって来い」
「判りました。そうします。どうも有難うございました」
 宇津利はもう一度万太郎に深々と座礼するのでありました。用件を述べ終えて受付兼内弟子控え室を出る宇津利の顔から、懸案を解決した晴れやかさが毀れるのでありました。
 万太郎はその夜稽古が終わってから師範控えの間に居る是路総士に、宇津利が来て総本部道場に移籍したい希望があったのでそれを許した旨、お茶を持って行った折に報告するのでありました。同時に、興堂派からの移籍でありますから多少微妙な事情もありはするので、自分の一存で移籍を許可する前に是路総士にお伺いを立てた方が良かったかしらと、迂闊にも宇津利が帰った後に思ったのでその辺のお先走りをも一緒に謝るのでありました。
「ああそうか。成程ね。相判った」
 是万太郎の懸念を余所に、路総士はあっさりそう云うだけでありました。その後万太郎は、宇津利に聞いた興堂派の最近の様子を是路総士に聞かせるのでありました。
 洞甲斐富貴介の名前を聞いた是路総士は、思わず口元に苦笑いを作るのでありましたが、これは意外な名前が出てきた事に呆れたためでありましょう。ただその事態を腐しはしないし、特段の批判めいた感想等も何も云わないのでありました。
「それからその、昔内弟子をしくじって辞めた、と云うのは何と云う人だ?」
 是路総士はふと思いついたようにそう訊くのでありました。
「ええと、確か、太土木何某、とか云う名前でしたか」
「太土木文太、か?」
「ああそうです。そう云う名前でした。総士先生はご存知で?」
「知っている。確か道分さんを後援していた何とか云う会社の社長の息子で、大学を出てからブラブラしていたのを、親に云われて道分さんの通いの内弟子になったのだが、内弟子仕事はサボるわ、稽古には何時も遅れて来るわ、それを道分さんや花司馬君に叱られても一向に応える風もなくしれっとしているわ、稽古中に女子の門下生に下らんちょっかいは出すわ、まあそう云う風だから腕前も全く上がらないわで、半歳程で勝手にプイと出て行った男だ。どうしたものか威治君とは気があって、良く二人で遊んでいたらしいが」
 同気相求むと云うところですか、なんぞと万太郎は竟云おうとしたのでありますが、これは些か穏当を欠く発言になると思って唇の外には出さないのでありました。
「総士先生はなかなか詳しくご存知なのですね」
「以前に神保町に剣術の指導に行った折、その稽古に出ていた事があった」
(続)
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