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お前の番だ! 343 [お前の番だ! 12 創作]

 この時、万太郎の頬が微かながら笑いを作るのでありました。自分の間抜けと迂闊を心の内で自嘲したために、不覚にも竟そう云う顔をして仕舞ったのでありましょうか。
 不用意と云えば慎に不用意、不敵と云えば慎に以って不敵な所業と云えるでありましょう。しかしこれは、万太郎と対峙する是路総士にとって、それにこの乱稽古を見守る者達にとっても、不気味と云えば慎に不気味な万太郎の表情の変化とも云えるのでありました。
 用心のためか是路総士の木刀の切っ先がゆっくりと下がり、下段の構えに変化するのでありました。万太郎も下段につけて是路総士に向かって一歩踏み出すのでありました。
 是路総士は一旦下がって間合いを調整してから、仕切り直すようにもう一度正眼に構えを戻すのでありました。釣られるように万太郎も歩を止めて正眼に戻るのでありました。
 互いの木刀の切っ先がギリギリ触れない距離で、この儘状況は全く膠着するのでありました。万太郎の目論見が読めないためか、是路総士は自分から仕かけないのでありました。
 是路総士の必要以上の用心深さが万太郎の意味不明の笑みに依るものである事は、万太郎にも判るのでありました。ここで万太郎はそれにつけこむべきでありましょう。
 しかし万太郎の心持ちは、是路総士と云う高名なる武道家にそんな無用な煩いをさせて仕舞ったと云うところに、寧ろ申しわけなさを感じているのでありました。何の意図も秘策も用意していないくせに、自分如きがそう云う素ぶりを見せると云うのは、例え思わず知らずであったとしてもこれはもう生意気且つ不謹慎の極みと云うものであります。
 当然是路総士は、それがどのような心根に依っているのかは別にして、万太郎の逡巡をすぐに見て取るのでありましたし、それにつけこまない程甘くもないのでありました。是路総士は万太郎の木刀の鎬に自分の木刀の鎬をあわせて前進して来るのでありました。
 これは先に万太郎とあゆみの試合で、万太郎があゆみにジリジリとつめ寄った動きと同じなのでありました。万太郎は敗北の窮地に陥ったと云うわけであります。
 後は木刀を横に掃われて是路総士の一刀を頭上に受けるだけでありますが、是路総士が万太郎の木刀を掃おうとするそのほんの一瞬前に、何故か万太郎は是路総士の力の、真に入ろうとするその機が読めたのでありました。これは全く予期していなかった自分の反応でありましたが、一体全体自分はどうして仕舞ったのでありましょうや。
 万太郎は是路総士の力が自分の木刀に及ばんとするその刹那、切っ先を落としてその力を躱す事が出来たのでありました。いや全く、自分でも信じられない応動であります。
 万太郎は是路総士の正面が無防備になった一瞬を見逃さず、切っ先を突き出すのでありました。この突きは必ず当たるぞ、と万太郎は瞬間、興奮するのでありました。
 しかし一歩引きながら、往なされた木刀を小さく素早く回して万太郎の木刀にあわせて、是路総士は万太郎の突きを間一髪で防ぐのでありました。その後の是路総士の反撃も、万太郎の予測を遥かに超える、信じられないような素早さなのでありました。
 是路総士は刀身を寝せて万太郎の木刀の峰を滑走させ、万太郎の首にその切っ先をあっさり届けるのでありました。その剣勢に万太郎の喉仏が凍りつくのでありました。
「それまで!」
 鳥枝範士の大音声が道場中に響き渡るのでありました。
(続)
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