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お前の番だ! 335 [お前の番だ! 12 創作]

「道分先生は、実は独立にはあんまり意欲的ではなかったのですか?」
「まあ、元々形には嵌らない、どちらかと云うと天衣無縫な方だったし、それなりの野心もおありだったようだから、総本部の軛から抜けて自分の思う儘に、技術面でも組織運営の面でもやっていきたいと云うお気持ちは、それは持っていらしただろうとは思うわ」
「流派の中に居ても、結局は武芸と云うものは一人一派のものだと、前に総士先生から伺った事があります。そう云うお考えから、総士先生は道分先生の独立の心根を充分察して、それを尊重されたのでしょうね。これも如何にも総士先生らしい態度だと僕は思います」
 万太郎は是路総士の度量に対する敬服を表明するのでありました。
「独立したい人に独立するなと云うのは、結局無意味な慰留でしかないものね。それに道分先生もお父さんの気持ちに感謝があったから、一派を興した後も、常勝流の名前を棄てずに、それにお父さんを常勝流武道の最高位と常に立てて、一歩引いた位置から礼容を示し続けられたと云う事でしょうね。道分先生の態度もあたしはご立派だったと思うわ」
「麗しい兄弟子と弟弟子の関係が、最後まで続いたと云ったところでしょうか」
 来間はそう云って感じ入ったように頷くのでありました。これはひょっとしたら万太郎に、お前さんも将来は是路総士の如くあってくれよと、暗に釘を刺している仕草のようにも思えるのでありましたが、万太郎はそこに拘るつもりは更々ないのでありました。
 その時に居間の電話が鳴るのでありました。是路総士から向こうで電話を取ると云われていたから、食堂の三人はその儘動かないで居間の電話機を見ているのでありました。
 呼び出しが二度鳴って止んだのは、当然師範控えの間の方で受話器を取り上げたためでありましょう。食堂の三人はすぐに立ち上がるのでありました。
「自分が行って廊下で控えています」
 来間がそう云って師範控えの間の方に足早に向かうのでありました。食堂に残った万太郎とあゆみは目を見交わせて、手持無沙汰そうにまた椅子に腰かけるのでありました。
 二十分程してから来間が食堂に戻って来るのでありました。
「向こうでお呼びです」
 師範控えの間では是路総士と鳥枝範士、それに寄敷範士が陰鬱な面持ちで卓を囲んでいるのでありました。万太郎とあゆみはお辞儀の後で膝行して座敷の中に入り、卓には近寄らないで障子戸を背にして並んで正坐するのでありました。
「来間はどうした?」
 鳥枝範士が一緒に姿を現さない来間の動静を訊ねるのでありました。
「すぐにお茶の換えを持ってやって来ます」
 万太郎がそう云うと鳥枝範士は無言で頷くのでありました。
「ハワイには威治君と長男殿が揃って向かう事になったようだ」
 是路総士はそう云いながら来間が新たに淹れてきた茶を啜るのでありました。「行くのは明後日の飛行機になるらしい。向こうでは病院で亡くなったのではないから、警察の検死とか色々あるようで、こちらにご遺体が戻るのはそれからまた数日後になるらしい」
 是路総士は淡々と電話で聞いた内容を三人に告げるのでありました。
(続)
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