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お前の番だ! 334 [お前の番だ! 12 創作]

「葬儀の段取りとかは、親族とか向こうの道場の意向が第一でしょうから、こちらとしては当面それを待つしかないでしょうね」
 こう来間が云うところを見ると、ここ数日の動き、を訊いたのでありましょう。
「先ず道分先生の亡骸を、こちらに運ばないとならんだろうなあ」
「すると、先ずはその到着を待ってから、と云う事になりますね、当面」
「そうだな。そうなるだろうな。まあ、到着の日時が判れば段取りはつけられるだろうが」
 万太郎と来間がそんな事を話していると、食堂にあゆみが入って来るのでありました。
「あたしもこっちで待機する事にしたわ」
 あゆみはそう云って万太郎の隣の椅子に腰かけるのでありました。「控えの間は殆ど会話もなくてげんなりするくらいしめやかな雰囲気だから、ちょっと抜けてきたのよ」
「三先生は若い頃から道分先生とは、稽古や普段の生活なんかに於いても苦楽を共にしてこられた方々ですから、殊更沈痛でいらっしゃるでしょうね」
 万太郎が隣に座るあゆみに顔を向けて云うのでありました。
「まあ時には色々あって、全くの昵懇で今日まできたと云うわけじゃないでしょうけど、とっても色濃いつきあいだった事は確かよね」
 あゆみの云う、時には色々、と云うのは、竟この前にあったあゆみと威治教士の縁談話しに起因する、興堂範士との腹の探りあいみたいな些か陰鬱な事例なんかも含まれているのでありましょうか。勿論それをあゆみに確認する必要なんぞはないのでありますが。
「その色々あった事と云うのは、道分先生の独立とか、そう云った事情でしょうか?」
 来間があゆみに訊くのでありました。
「そうね、それもあの三人にとっては、気持ちのしこりにはなったでしょうね」
「でも概ね、道分先生と三先生は今日まで良好な関係を保たれていたと思いますよ」
 万太郎が云うのでありました。
「お父さんが道分先生の独立に対しては是認する態度だったから、そのお父さんの意向にあれこれ異を唱えるのを、鳥枝先生も寄敷先生も控えたと云うところでしょうね」
「しかし、どうして道分先生は独立しようと云う了見を起こされたのでしょうかね?」
 来間があゆみの顔を見るのでありました。「結局常勝流と云う流派名を名乗るのなら、別に独立しなくとも総本部の麾下にあっても構わなかったような気もするのですが」
「道分先生はどうしても独立したい、と云う意志はなかったようよ。どちらかと云うと道分先生のシンパとか色んな支援者なんかが、独立を強く勧めたと云う事らしいわ。道分先生には財界人とか政治家とか文化人とか、持て囃す支援者が一杯いたから」
「そう云う人たちの思惑に、道分先生が乗ったと云う事ですね?」
 来間が納得するように二三度頷くのでありました。
「そんな面も多分にあったと思うわ。武道家なんて、云ってみれば芸者稼業みたいなところがあるから、贔屓にしてくれる谷町筋の意向にはなかなか逆らえないものでしょうね」
「武術家は昔は芸者と云って、とか、そう云えば前に総士先生も云っておられましたね」
 万太郎も首肯するのでありました。
(続)
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